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イタリア関連、および重婚疑惑についての検証



発端はここから

687 :可愛い奥様@転載は禁止:2014/11/11(火) 17:13:19.37 ID:RTeTQQGB0
22. 無題
彼女は年下のイタリア人と結婚していました。今は削除されていますが、
都会っ子イタリアに嫁ぐというような名前のブログをやっていました。妹の出産にあわせて一時帰国し、
クリスマス前後にイタリア人夫も日本を訪れたはずです。夫帰国後、「父親にガン」が見つかり、
看病の為にイタリアには戻れなくなった。手術は成功してまだ看病してるという記事で更新が途絶え、
確かたかじん氏が亡くなった後にブログが削除されました。どこかに記録が残っていれば
「父親のガン手術」の時期とたかじん氏の手術の時期が同じはずです。

ちなみにブログでも「国際結婚したオシャレなあたし」の自己顕示欲が凄まじい人でした。
イタリア在住2 2014-11-11 16:45:00



ついに決定的証拠が挙がる


写真のみVer.
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さくら夫人の主張

月刊WILL2015年2月号

私がイタリア人男性と知り合ったのは二〇〇八年の春。滞在先で出会い、遠距離恋愛でしたが、同年十二月に日本で入籍、
翌二〇〇九年の春
にイタリアで夫婦生活をスタートさせました。
 ところが、イタリアで暮らし始めてまもなく、文化や考え方の違いからすれ違いが生じ、
その年の夏頃には彼との結婚生活を続けていくのは難しいと感じ始めるようになり、翌二〇一〇年春には別居状態となっていたのです。
別に、ケンカをしていがみ合ってということではなく、私が向こうの環境に馴染めなかったのが原因です。
 ただ、そうした状況になっていることは私の家族にも話すことができず、家族を安心させるためにわざと和気藹々とした写真などをブログにアップしていたのです。
 しかし、さすがに二人ともこのまま現在の生活を続けていくのは難しいと判断し、翌二〇一一年五月から離婚に向けての話し合いを始め、
二〇一二年三月一日に正式に離婚が成立しました。
 やしきと結婚したのは翌二〇一三年の十月ですから、「重婚」との批判は全く根拠のないものです。

FRIDAY2014年12月26日号

 2008年春、私はイタリア人男性とステイ先で知り合い、遠距離恋愛の末、その年の12月に日本で入籍。翌’09年春にイタリアに移住しました。
でも、イタリアで暮らし初めてすぐに文化や考え方の違いからすれ違いが生じ、その年の7月、結婚式の準備を始めた頃から、
彼との結婚生活を続けていくのは難しいと感じ始めていたのですが、それでも互いに努力を続けていきました。
(中略)
 ’10年3月頃から、私はサロンとは別に、日本とヴェネチア、パリ、ミラノなどを行き来しており、夫とはほぼ別居状態でした。
さすがに二人とも、このまま現在の生活を続けていくのは難しいと判断し、翌11年5月から離婚に向けての話し合いを始めました。
夫婦生活はほとんど破綻していたため、9月には一部の荷物をイタリアから日本に送り、正式な離婚手続きをするため、また妹の出産もあり、
11月に日本に帰国しました。そして12月に夫が日本を訪れ、離婚合意書面にサインし、離婚の手続きに入りました。
 やしきと出会ったのはその頃のことでした。会っていきなり、「昔、愛した人に似ている」とプロポーズされました。
私がやしきに、イタリア人の夫との離婚のことや、これまでの過去の出来事もすべて打ち明けたところ、やしきは親身になって話を聞いてくれ、
弁護士などいろいろなサポートをすると言ってくれました。

週刊新潮2014年12月18日春待月増大号

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「私とそのイタリア人男性は結婚の翌年の夏頃にはうまくいかなくなり、翌春には別居状態になっていました。別にケンカをしていがみあって、ということではなく、私が向こうの環境に馴染めなかったのが原因です」
 と、さくらさんは話す。
「ただ、そういう状況になっていることは私の家族には話せなかった。だから私は家族を安心させるために、わざと和気藹々とした写真などをブログにアップしていたのです」
 ともかく、そのブログにアップされていた写真がきっかけとなり、事実と違う「重婚疑惑」が一気に広がったのだが、その後、さくらさんが別の男性とも婚姻歴がある、とする情報がネット上で流布された。
「それも事実ですが、そういうセンシティブなプライベート情報は一部の人しか知らず、また、戸籍を見ないと分からない。そうした情報がネットに掲載されることに恐怖を感じます」

FLASH2014年12月30日号

「主人は私の離婚歴を公表する必要はないと言っていました。復帰したときに、自分の口から言うまでは公表するなと。前夫とは仲は悪くなかったのですが、私がネイルサロンをやっていて、各国を飛び回っていましたから、ほぼ別居状態だったんです。文化的な違いもあって別れることになったんです」


 離婚届受理は、2012(平成24)年3月1日ですが、ところが、ブログでは僅か十日後の2012年3月11日に、「また、夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話している」と記述があり、食い違う。

重婚疑惑について


「殉愛」での該当記述

「イタリアには彼がいるの?」
「親しい男性はいます」
「恋人じゃないの?」
「違います」とさくらは答えた。
「でも、父は彼と結婚したらいいと言いました」
 たかじんは少し驚いた顔をした。一年前、さくらの父がイタリアに来たときに、その彼を見ていたく気に入ったのは事実だ。
また彼からはプロポーズもされていた。もっとも彼と結婚するイメージは湧いていなかった。
(p.39より)

「金スマ」での再現ドラマと、「疑惑のブログ」検証

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左:『金スマ』再現ドラマ、右:『都会っ子、イタリア・カントリーサイドに嫁ぐ』

たかじん、さくら二人の出会いのシーン。
2011年12月25日、当時婚姻続行中(と、思われる)イタリア人男性が、再現ドラマでは「知人の外国人女性」として描かれている。



『都会っ子、イタリア・カントリーサイドに嫁ぐ』より抜粋

December 28, 2011
ありがとうございます!
まずご報告。。
妹ちゃん、無事に出産しました。ご心配してくださった皆さん、ありがとうございます!あたしたちも、興奮を抑えつつ・・・喜びでいっぱいです。
イタリアから、たくさんプレゼントを持ってきてくれたハニー。
クリスマスに到着したハニー。 
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December 24, 2011
イヴ!!
クリスマスイヴですね~!
皆さんは、いかがお過ごしなんでしょうか??
あたしにとっては、「結婚2周年イヴ」「ハニー、日本来日イヴ」でもあります。

December 20, 2011
さて、こちらのイルミネーション、素敵〜!! 
(中略)
ハニーが来たら、歩きたいってさぁ。
ハニー来日まで、あと5日。
どこへ連れて行けばよいのか・・

※ブログ全文はこちらを参照してください。


※離婚が成立したとさくらが主張しているのと同時期のブログ記事

2012/03/11 07:14 早すぎる時間(都会っ子ブログ)
 「2011,3,11」もう、一年になるんですよね。イタリアにいて、遠く離れた国のCGのような映像を見て、できることを出来る形でやってきて・・・早や一年。 これは実際に被災した人じゃないから言えるんですよね。
本当に未だに大変な生活を強いられている方からすれば、「まだ」一年。風化させちゃいけないし、当たり前のことができる幸せを、もう一度「感謝」して、またできることを探し続けたいです。「当たり前」は、誰でも、いつ、どんな時に失うかわからないというのを、いま実感しています。
 ブログに書くかどうか、ずっと悩んできました。(中略)だから、同情されたいからとか、話題づくりだとか湾曲して捉えずに、分かっていただけたらと思い、アメンバー限定にせず書きます。
 さて、今回の帰国中に色んな出来事がありました。とてもバタバタしていました。その中で最も大きかったのは、帰国予定日近くに父に癌が見つかりました。
『家族は元気でいるのが当たり前。あたしの父は元気、まだまだ若い』なんて思っていたのは、本当に間違い。近くにいる妹には赤ちゃんが生まれたところなので、迷惑かけたくないとポソッと話した父の背中が小さくなった気がして、今は手術までに、そばにいてできることをしています。アップできなかったのは、この一ヶ月忙しいもありましたが、一人の方から、わざわざ何度も、夫をイタリアに残してとか、実家に帰りすぎで甘えてるとか書かれました。
母がいない中で、病気の自分の親を優先するのが間違いでしょうか?
また、夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話しているにも関わらず、実家で甘えてるとか、ブランド好きを批判しますが、買ってもらってるわけでもなく、実家ではなく自分のマンションに暮らして、看病の中で気分転換も兼ねているのも知らずに、批判できる権利が誰にありますか?
自分が持ってる『当たり前』が、必ずしも、他の人に当てはまるとは限らず、皆さん目の前に見えることだけじゃない色んな事情を抱えて、毎日を頑張ってると思います。どこまでを誰に相談するか、またブログに書くかはその人それぞれ。自由なはずです。
批判する方にも、何かあると思います。自分のことを明かさず、人をネットを使い批判すればスッキリするかもしれませんが…そんな方が書くこと、正しいと思うわけもなく。。今回出会った病院の先生が、震災を振り返り、“日本人は言わなくても、耐えて、黙って頑張るんです。だから、医師として必ず助けたいんですよ”と仰ってくださいました。
 あたしは、あたしのやり方で、この方には一切返信もせず、元気に頑張り、乗り越えて行きたいと思いやってきました。これからも、楽しいオシャレなアップも、時間を見つけてしたいと思います。
 また、ご家族の看病を経験されている方、流動食や嚥下機能が低下している人への食事などのアイディアがあれば、ぜひ教えてください!
ご心配して頂いた方々、本当にありがとうございます。これからも読んでくださる方、どうぞ気長によろしくお願いします。(^-^)

イタリア人夫と見られるツイート

2日間も妻と話していない。今までで最長だ。 :(
19:08 - 2012年1月22日

75 days far from my wife and I am going crazy. Maybe it's time to think how to get out this situation. Move to Japan?
75日も嫁さんと離れ離れで気が狂いそうだ。日本移住を考える時期に来たかも
6:53 - 2012年3月15日

まだ結婚指輪をしている写真 - 2013年6月2日
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どんなに早くても、最低3年以上はかかるイタリアの離婚


>イタリアでの協議離婚の第一ステップは「別居」の申請から始まります。この申請は、正式書類を作成の後、(基本的にこの書類は、弁護士が作成する必要はないそうですが、あくまで法的な書類文書なので、一般の方では作成が困難ため、弁護士に作成してもらう方が多いようです)、この書類を裁判所の事務所に届け出て、裁判の予約をします。市町村にもよりますが、ミラノでは、この予約から通常5~6ヶ月後に、裁判の日程が設定されるようです。裁判と言ってもあくまで「協議離婚」ですので、裁判官が提出された書類文書を読み上げ、双方に間違いないかを問いただし、両者が同意した後にこの書類に署名することで、「別居」が正式に認められます。

>さて、とにもかくにもこの裁判官の前で署名した「別居」から3年経過した時点で、「正式離婚」を希望する方は、「離婚」の申請をすることが可能になります。これも同じく裁判所に必要な正式書類を提出し、裁判の予約をします。そして「別居」の時と同じように、5~6ヶ月後に設定された日時に裁判所へ行き、裁判官が「離婚書類」を読み上げ、双方納得の上、書類に署名して正式に「離婚」が認められます。

>こうしてどんなに早くても3年プラス裁判の予約待ち日数が必要なイタリアの離婚。正式書類の作成から予約待ち時間等を加算すると基本的には、どんなに早くても4年、通常は5~6年かかるのが現状と言われています。



※ 参考リンク
重婚について ※2014/11/15 弁護士の「故芸能人夫と後妻について」所見ブログ記事


日本国内での入籍の届け出の有無、並びにイタリアでの教会婚に関するブログ・SNS記述まとめ


ダーリン!おいしぃ!あまい!2009.12.07(妹ブログ)
>ダーリンは・・・・・
ねーたんのダーリンです( ´艸`)

愛しあなたへ February 17, 2010(姉ブログ)
>ちなみに・・・あたしたちはクリスマスに入籍をし、2010年10月10日に式をしようと思いましたが・・・日曜日のため、クリスチャンにとっては大事なサンデーサービスの日ですから、もちろんできません。

妖艶な・・・・・2010.03.17(妹ブログ)
>そうなんです、ふたりはこっちで入籍を済ませ
イタリアでの新婚生活に入ります。

血液型A型 April 14, 2010(姉ブログ)
>さてさて、あたしたちはカトリック教徒として、結婚前に「フィアンセコース」なるものを他のカップルたちと受けたんです。「離婚」が良しとされていないので、事実婚が多いのもイタリア。それでも結婚するのだから、失敗がないように・・・結婚とは何ぞや?っていう勉強をドン(牧師)とします。約2ヶ月、7回にわたり行われたコース…(あたしは最後の1回だけ参加(・Θ・;))

ママとおデート♪ May 19, 2010(姉ブログ)
>なぜかというと、日が迫っているので、またウエディングドレスを見に行き・・・ママが「やっぱりハンドメイドがいいじゃない!手間をかけてもらうって素敵よ!!」との強い押しに・・・


9月25日 イタリアで過ごす2日目 結婚式 後編記事投稿は2010年10月(妹ブログ)
※記事が辿れないので、タイトル表示をご覧ください

ブログ説明文より2011,12,28(妹ブログ)
新しい家族○○ちゃん誕生 ※お子様の個人名?のため伏せておきます
雅、お姉ちゃんになりました

(おまけ)イタリア人夫のGoogle+の投稿写真

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共有日時が 2011/07/18 日本で撮った?紋付き袴の写真

上記による時系列まとめ

  • さくら氏の主張による時系列
時期 週刊新潮 WiLL Friday (SNSでの記録)
'08春   滞在先で出会う ステイ先で知り合う  
'08/12   日本で入籍 日本で入籍  
'09春   イタリアでの生活始まる イタリアへ移住  
'09/7(夏頃) うまくいかなくなる 結婚生活を続けるのは難しい 結婚生活を続けるのは難しい  
'09/12/6       神戸にてイタリア人夫から婚約指輪をもらう
'09/12/20前後       (クリスマス前)有馬温泉に妹夫婦共々旅行
'09/12/25       ※日本で入籍?(2011年12月24日の「結婚2周年」の記述より)
'10/1/3       「ニューイヤーは彼のお家で」
'10/2/17       「10月に結婚式をしたい」
'10/3/       入籍? (妹ブログ) ふたりはこっちで入籍を済ませ イタリアでの新婚生活に入ります。
'10/4/19?       フィアンセコース終了
'10/4/22       滞在許可書をもらう
'10春 別居状態 別居状態 3月頃から日本・パリ・ヴェネチア・ミラノ等を行き来して別居状態  
'10/5       誕生日を夫と共にローマで過ごす
'10/6       イタリアにて初めて“ネイルの仕事”をする
'10/9/25       イタリアにて教会婚式
'10/11/24       「ハニーを残して日本へ帰りたいと思いまーす!」(11/29~?)
'11/5   離婚に向けて話し合い 離婚に向けて話し合い  
'11/7/18       紋付き袴の写真記念写真
'11/8/5       夫とパリへ
'11/9     イタリアから荷物を日本に送る  
'11/11     日本に帰国  
'11/12     夫が来日し、離婚合意書面にサイン、この頃たかじんと出会う  
'11/12/24       『あたしにとっては、「結婚2周年イヴ」、「ハニー、日本来日イヴ」でもあります。』
'11/12/25 『殉愛』FB繋がりでたかじんと初めて出会う  
'12/1/3       夫がイタリアへ帰国
'12/1/22       夫がtwitterにて「2日間も妻と話していない。今までで最長だ。 :(
'12/1/27 『殉愛』 P.97 「この日さくらは、テレビ局行く前に長い髪を肩までの長さに切った。 イタリアへ帰国する前に髪を切るかどうかで悩み中
'12/1/30 東京 北島学長が病状の説明「ステージ3の食道癌です」「進行癌で転移も見られ、治療は一刻を争います」  
'12/1/31 たかじんが芸能活動休止を宣言  
'12/3/1   離婚成立 離婚成立 離婚届受理証明書の画像 ハニーに切った髪型を見せれたので・・・
'12/3/11       「帰国予定日近くに父に癌が見つかりました」「また、夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話しているにも関わらず
'12/3/15       伊夫がtwitterで「75日もと離れ離れで気が狂いそうだ。日本移住を考える時期に来たかも」
'13/6/2       2013年6月2日 伊夫 ツイート指にはまだ結婚指輪 ツイートはこちら
'13/7/11~19       伊夫&さくら FB 離婚したはずなのに、FBで、仲良く二人で同時に兄とお友達に
'13/10/10 『殉愛』朝10時半 札幌市役所でたかじんとの婚姻届を提出
(※実際は札幌市中央区役所へ届け出たとみられる)
 
'14/1/3 たかじん 死去  
'14/11/7 『殉愛』発売/「金スマ」 放送  
'14/11/11       21:51 伊夫のブログ削除されていることが発見される 23:13 夫がtwitter「75日も妻と離れ離れで気が狂いそうだ。日本移住を考える時期に来たかも」がネットで発見される  ソースはこちら
'14/11/12       11:08発見後、僅か12時間で、伊夫の「75日も妻と離れ離れで気が狂いそうだ。日本移住を考える時期に来たかも」という ツイートが削除されているのが発見される。 さくら氏と伊夫が連絡を取り合う関係で、且つこのツイは、離婚届け提出後に「妻」と呼んでいるので、明らかに適合性がないので、慌てて削除したのでしょうか。

「日本での入籍」: 2009年12月25日 または2010年3月 妹ブログ
「イタリアでのカソリック教会による教会婚」: 2010年9月25日
「たかじんとの出会い」: 2011年12月25日
「伊夫との離婚」: 2012年3月1日
「たかじんとの結婚」: 2013年10月10日

本人による、婚前の投稿か?「イタリアでの離婚」

□投稿者/ Sakura -(2009/02/17(Tue) 16:08:14)
>この度イタリア人の彼との結婚が決まり、今準備中です。
まずは民事婚をし、その後宗教婚をあげる予定です。
イタリア生活掲示板 ※魚拓です

さくらが参考にしたと思われる回答

イタリア人と離婚しないままの再婚は罪ですか?
2012年10月06日 16時11分

魚拓

質問
「日本で離婚できたとしても、イタリアで離婚が成立していない場合、私が再婚することは、罪になるのでしょうか?」

弁護士の回答
「日本国内で離婚した場合、イタリア国はそれを認めなければいけないのです。届出だけのはずです。(略)
 ベルギーで仕事をしていたときの経験から私の理解では相互互恵条約でそうなっているはずです。」

コメント
回答した弁護士は、国際離婚が専門ではないです。
挙げた例も、ベルギー人の結婚相手が日本人なのか、イタリア人なのか不明です。
EU加盟国同士の場合には、離婚手続きを簡素化する特例があります。

カップルに関するEUの法制度とは?
「国際離婚、国際相続、扶養義務などについては国際私法を統一するEUの規則(Regulation)が設けられています」


スレ住人による重婚疑惑についての検証

教会婚を挙げた会場

791 名前:可愛い奥様@転載は禁止[] 投稿日:2014/11/16(日) 03:06:35.41 ID:Hz8+uMfj0 [2/2]
さくらとイヴァンの結婚式場

878 名前:可愛い奥様@転載は禁止[sage] 投稿日:2014/11/16(日) 03:32:57.33 ID:XGGY8SP+0 [3/4]
既出であったらすみません。

Chiesa San Zenonemore
住所
Piazza Duomo, .
33081 Aviano, Pordenone, Italy
電話番号
  1. 39 0434 651008

イタリアでの婚姻について

※ 参考リンク
入籍と結婚式 イタリアでの結婚に関してのブログエントリー(一般の方の記事なのでリンク先は魚拓です)



789 名前:可愛い奥様@転載は禁止[sage] 投稿日:2014/11/16(日) 03:05:49.13 ID:DmzhMKX+0
イタリアは、カソリックの掟で離婚歴があると教会婚は出来ないわよ。
役所への届出と身内のパーティーしか出来ない。
だから、イヴァン側はさくらに離婚歴があるのを知らなかったと思う。
改名して戸籍を新しく作って離婚歴を無くしたんでしょ。
もう、怖いわ、、、本当に在日の通名と戸籍ロンダどうにかして欲しい。



146 名前:可愛い奥様@転載は禁止[] 投稿日:2014/11/16(日) 22:24:17.14 ID:exXtSHInO [1/6]
カトリック信徒が来ましたよ。
イタリア夫とカトリック教会で結婚式を挙げているようなので、カトリック教会で挙式のガイドラインを書いておく。

・日本のカトリック教会で挙式できるケース
 A 2人ともカトリック信徒

 B 1人がカトリック信徒、もう1人が他宗教信徒または無宗教

 C 2人とも他宗教信徒または無宗教

いずれの場合も独身同士であることは大前提。

イタリアのカトリック教会なら、Aは無問題で挙式可能。BとCは断られる可能性が高い。
ただ、Bにおいて、他宗教信徒側(無宗教)がカトリックに改宗または入信したら挙式可能になる。離婚歴があっても可能な場合もある。

カトリック信徒同士として挙式した場合、大原則として離婚はできない。
離婚したい場合は「この結婚は無効である」と教会裁判所に訴えて判断を受ける方法はあるが、すぐには判断が出ない。

なお、結婚式の後、2人ともプロテスタント教会や他宗教に改宗した場合は離婚可能ではある。



249 名前:可愛い奥様@転載は禁止[sage] 投稿日:2014/11/16(日) 22:53:46.63 ID:exXtSHInO [3/6]
結婚式写真に「聖櫃」が写ってるね。まじカトリック教会で式あげてる。

神父の服装もなんちゃってでなく、本当の「司祭」(神父の正式名称)。

シスターと手を取り合って喜ぶ写真あるから、式前の講座を担当したシスターの可能性があり、さくらが他宗教信徒の状態で挙式したとはちょっと考えにくい。
※ 「結婚講座を受け持つのは神父であり、シスターは関係しない、との補足有

裁判での証言

さくら→光文社の裁判で原告本人が証人として出廷。ウェブサイトに傍聴報告が上がり、それを見た書き込みが報告される。

585 : 可愛い奥様@無断転載は禁止2016/09/09(金) 13:12:49.48 ID:X/Gt4hpp0
イタ夫に感じての尋問は真っ黒ですねwww
離婚出来てないですね
(編註:中略)

イタ夫との婚姻歴
弁「イタリア人との結婚公表してますね」
原「…(3秒)…はい」
弁「2012年3月離婚が成立した?」
原「答えたくありません」
弁「話し合いの時期は」
原「答えたくありません」
弁「別居3年の申し立て」
原「知ってる」
弁「手続きふんでないですよね」
原「答えたくありません」
原「名誉毀損でなくプライバシー」

  • 最終更新:2017-02-08 11:26:58

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