treatment

『殉愛』による治療の時系列データ



2011年

日付 場所 治療内容・検査・症状等
春  大阪 心臓の不調について「突発性狭心症」との診断。狭心症の薬を服用


2012年

日付 場所 治療内容・検査・症状等
01月初旬 東京 三田病院で検査  
01月15日 東京    
01月16日 東京 山王病院にて人間ドック(1日目)「食道癌の可能性あり」 81
01月30日 東京 内視鏡検査で食道に病変が確認され、組織検査の結果、食道癌と診断。山王病院と提携している三田病院へ 98
北島学長が病状の説明 「ステージ3の食道癌です」「進行癌で転移も見られ、治療は一刻を争います」 99
01月31日 大阪 (芸能活動休止宣言) 101
02月初旬 大阪 伊東くりにっくの伊東信久医師を自宅に呼び、治療計画を相談。「手術は内視鏡」「放射線治療と抗癌剤の話も出た」  
02月05日 東京 三田病院に検査入院(2泊3日の精密検査)ステージ3と判明。「心臓は非常に健康」と医師から言われショック 105
02月12日 東京 三田病院に偽名「林一」で入院。主治医「久保田啓介」  105
02月13日 東京 抗癌剤治療(~2月17日)  
02月23日 東京 三田病院を退院 108
03月05日 東京 三田病院に検査入院。抗癌剤療法による化学療法を開始。(北島学長・久保田医師らのチーム)  
03月26日 東京 たかじん、容態が悪化。熱が出て、食道が腫れ、食物が喉を通らなくなる 119
04月01日 東京 三田病院に緊急入院  
04月09日 東京 食道癌の切除について、3D内視鏡を使用した胸腔鏡手術。竹中陽子看護師長が、さくらをICUに入れてくれた 122
04月11日 東京 初めてせん妄状態に。夜間せん妄が数日続く 125
04月15日 東京 ICUから病室へ。「尿道カテーテルを抜いてほしい」「おしっこぐらい自分でしたい」発熱 128
04月18日 東京 傷口の痛みを訴える。学会出席で医師全員不在。傷口に針を刺すと、大量の膿とリンパ液。縫合不全の疑い 129
04月19日 東京 「合併症・縫合不全」との診断。再手術。夜間せん妄 131
04月24日 東京 炎症反応がおさまり、容態が少し安定。 140
05月01日 東京 懇願し導入された新しいブジ―を初めて使う 146
06月09日 東京 「9月までは無理」と医師から宣告されていたが、強行退院 148
05月15日 東京 五度目のブジ―。炎症反応が1に 151
06月下旬 東京 三田病院退院後、六本木のマンションで同居開始  
07月07日 札幌 マンションで、経管栄養チューブを腹部に付けたまま療養  
07月末 大阪   184
09月27日 札幌 抗癌剤の副作用の影響(腸閉塞)のため、JR札幌病院に入院 194
11月20日 ハワイ 一時退院後、療養  
12月29日 ハワイ 食道のない状態でも、二日酔いになるのかという飲酒実験  


2013年

日付 場所 病院 治療内容検査・症状等
01月14日 ハワイ   (体重が60kgに到達。TV番組への復帰を決断)  
02月17日 ハワイ   (ハワイから帰国) 225
02月18日 東京 三田 癌の1年検診 PETには光る部分はあるが、腫瘍マーカーには異常なし 225
02月19日 大阪      
02月24日 ハワイ     237
03月14日 大阪     242
03月21日 大阪   番組復帰「たかじん胸いっぱい」の収録(活動休止期間は、1年2ヶ月) 245
04月22日 大阪   胸の痛み訴える 264
04月30日 東京 三田 気管支への癌再発が発覚 268
大阪     272
05月03日 大阪   連日の鎮痛剤投与にも関わらず、痛みが取れずに収録中止 276
05月08日 大阪   再休養による芸能活動休止の告知がHPに 278
05月10日 東京 三田 放射線治療の説明の際、放射線医の誠意の無さについてさくらが苦情 279
05月13日 東京 三田 第一回目の放射線治療 281
05月14日 東京 三田 第二回目   〃 281
05月14日 東京 東大 放射線治療の説明 281
05月17日 大阪   (フライデーにツーショット写真を撮られる) 283
05月19日 東京   (機内で鶴瓶に会う) 283
05月23日 東京 三田 放射線治療 285
05月24日 大阪     286
05月27日 大阪 X 放射線ポイント照射と抗癌剤 289
06月01日 大阪 X 抗癌剤を終了し退院 通院しながら放射線治療 アカシジアが始まる 290
06月24日 大阪 X (さくら、突発性難聴 特別室に二人で入院することを断られる) 295
07月01日 大阪 X 放射線治療の全36回終了。(同日夜中、さくら意識不明) 299
07月07日 大阪   (さくら、突発性難聴の薬を止める。片耳の聴力を失う) 299
07月08日 札幌     302
07月09日 札幌 JR札 早朝、JR札幌病院へ緊急受診 302
07月10日 札幌   アカシジアが続いているため、減薬開始(放射線治療を終了し、免疫療法に傾倒し始める) 304
07月23日 東京      
07月24日 東京 三田 一ヶ月検診 PET検査 癌縮小 307
大阪   ワクチン治療のための検査 307
08月05日 札幌   自宅。当面JR札幌病院の往診を受けながら、免疫療法を探る 308
08月29日 札幌   痛がっていた脇下について、癌皮下転移の可能性 315
09月02日 札幌 JR札 皮下腫瘤摘出→}9月4日に癌と判明 316
09月17日 東京 瀬田 瀬田クリニックにて細胞療法 320
09月18日 札幌     320
10月01日 東京   (久保田医師が三田病院から聖路加国際病院に転職) 322
10月03日 大阪   戸籍謄本の取得 322
10月07日 東京 瀬田 アフェーレーシスを受ける 327
10月08日 札幌     328
10月10日 札幌   (婚姻届を提出) 328
10月22日 東京 瀬田 ワクチン療法の後、大阪へ 331
10月23日 大阪     331
10月29日 東京 聖路加 腹痛で病院へ ストレスか 332
10月31日 大阪     333
11月08日 大阪 X 胃痛のため検査 CT、胃カメラ異常なし 333
11月13日 大阪 瀬田 樹状細胞ワクチン療法 ステロイド処方 334
11月24日 東京 聖路加 吐き気が続いているため病院へ 336
11月26日 東京 聖路加 ブジーによる食道拡張 336
11月28日 東京 聖路加 入院 ステント留置手術 340
12月01日 東京 聖路加 退院 344
12月02日 東京 三田 点滴 344
12月06日 東京 三田 点滴  347
聖路加 レントゲン ステント異常なし
12月10日 東京 瀬田 ワクチン療法 349
12月13日 大阪     349
12月15日 大阪   膀胱炎の可能性 久保田医師の指示により、さくらが抗生物質を投与 350
12月18日 大阪 瀬田 ワクチン療法(12回予定の6回目) 351
12月19日 大阪   吐き気と食欲不振 炎症反応検査(結果の記述なし) 351
12月23日 東京 聖路加 CT レントゲン撮影。腹膜播種が判明。 久保田医師による「余命1、2ヶ月」宣告 357
12月24日 東京   六本木マンションで痛み緩和のため2時間おきに鎮痛剤と麻薬を与える 361
12月25日 東京   痛み止めの薬すら飲み込めなくなる 362
12月26日 東京 聖路加 緩和ケア病棟に入院 367
12月27日 東京   さらに体調悪化。水分を自力で飲めない。昼間は麻薬で眠る。夜間せん妄症状 371
12月29日 東京   (遺言の打ち合わせ) 374
12月30日 東京   朝9時、久保田医師が、たかじんの判断力正常の診断書いた後に、麻薬を投与。午後3時半から午後6時まで「危急時遺言」を作成。午後8時に幻覚・譫言。酸素マスク装着 375
12月31日 東京   朝診察した久保田医師が、スキー旅行をキャンセル。声はほとんど出ず飲食もできない。さくら、たかじん肉声の最後の録音。「下顎呼吸」が始まり、意識不明の状態が続く 377


2014年

日付 場所 治療内容・検査・症状等
01月02日 東京 夕方から深刻な体調悪化。危険性告知されていた睡眠薬をさくらが「ねんねしよか」と自己判断で投与
01月03日 東京 深夜午前1時近くに呼吸停止。ナースコール、寺田朝子ナースマネージャーが心拍を確認。自宅から駆けつけた久保田医師が、午前1時34分に死亡宣告。さくらが遺体の湯灌。午前4時に葬儀社の人が来て、午前5時過ぎに遺体を遺体袋で搬送



再休養後についての証言

ハワイ在住写真家 サンデー毎日2015.2.1 A氏によると、たかじん氏は2014年1月8日からハワイに滞在する予定だった。前年夏ごろ、たかじん氏のメールには「来年1月8日(のハワイ便)の航空券を購入した」とあった。だが年末になっても何の音沙汰もなく、やがて訃報が届いた。
※殉愛では10月10日、入籍後「結婚式は、年明けのハワイでやろう」と『一月八日のハワイ行きのチケットを予約した』(P330)
井関 猛親 WiLL2014年3月号 「来年は番組に復帰する」と、去年の秋、たかじんさんは本当にそう言っていたんです。わたしも本人に会って、状況説明や今後のことを話したこともありました。そのときはそんなに痩せてもいなかったですね。できれば四月、たぶん七月には復帰という話でしたから、わたしたちもそのつもりでレールを敷いていた。まさか亡くなるとは。本当に急でした。
※殉愛では10月29日『東京に向かう飛行機の中で、「たかじんのそこまで言って委員会」プロデューサーの井関にばったりと会った』『この日が井関とたかじんが会話を交わした最後の日になった』(P332)
井上公造   上沼・高田のクギズケ! Techinsight
ハワイの友人から見せてもらったが、たかじんさんが(ハワイに)来るときのためにオーパス・ワンという高級ワインを箱買いしてあり、アメリカ本土でしか売っていない葉巻を取り寄せてあった。
  Yahooニュース 8日から、たかじんさんは新妻とハワイに静養に行く予定になっており、チケットも購入済みだったからだ。
それだけではない。この静養に備えて、たかじんさんは大好きなカルフォルニアワインを大量に注文。米国本土にしか売っていない葉巻も取り寄せていた。この行動は体調が回復していたことを裏付けるもので、ハワイ静養後、タイミングを見て復帰するという青写真だったことを意味している。
メッセンジャー黒田 12月半ば 日刊スポーツ 約3時間、番組の進行についての助言があり「ワインをめちゃくちゃ飲んではった」。黒田は、今年春には復帰できそうに感じていたといい、「おそらくあの姿、みたら、関係者はみんなそう思ってたはず」とも語った。その際、たかじんさんは年末にハワイに行くことも黒田に伝え、「土産は何がいいか」と聞いてくれたことも明らかにした。「ほんまに、ほんまに元気やったんで、ほんとは『安らかに』と言うべきところなんでしょうけど、あの姿見てるから『やり残したことがあるんじゃないか』と思わざるを得ない」
伊東医師 12/20 週刊文春 2014年1月23日号 最後にたかじんさんに言われて血液検査をしたのが昨年の十二月二十日。その検査の結果、CRP定量と 言われる炎症値を表す数値が通常の三十倍以上だったので、本人は『どこも痛くない』というんですが、東京に行って 精密検査をして下さい、とお願いしたんです。
東京では別の主治医がいたので僕がしゃしゃり出るのも申し訳ないと思い 直接往診はしなかったんですが、今考えると最後の数値が上がった時に僕も診ていたら、と悔やまれます…
週刊朝日 2014年1月24日号 去年はあまりしんどい様子が見られなかったので、今春には復帰できるだろうと思っていました。
ただ、昨年末になって、尿の出が悪いということで、血液検査をしたら、体内の炎症を示す数値『CRP』が通常の約50倍出ました。
次に測った時には、約90倍に増えており、これはきちんと調べたほうがいいということになり、12月22日、たかじんさんは東京の先生の病院へ行かれました。
ゆめいらんかね 大阪のマンションで闘病生活を続けていたたかじんは、大阪市内にある伊東くりにっくのスタッフの往診を受けていた。
ちなみに 院長の伊東は、たかじんが一時的に復帰する前の十二年十二月の衆議院議員選挙で当選していた。十二月の下旬、たかじんが伊東くりにっくのスタッフに体の不調を訴えた。血液検査をおこなうと、炎症を起こす数値が通常の三十倍を示していた。報告を受けた伊東は、マネージャーの小丸を通じて、至急東京の主治医に診てもらうことをアドバイスする。
それまでの関係から言えば、たかじんから何らかの連絡があってもおかしくはなかった。軽い風邪からガンに至るまで、逐一相談を受けていたからである。炎症の数値が通常の 三十倍になっているのに、何ら対応できていなかったことも伊東には腑に落ちなかった。
友人、医師としてもっとできることがあったのではないか。疑念と心残りが、今も伊東を苛んでいる。
Kマネ 12/25 殉真 P98 24日に連絡を受け25日にたかじんのマンションで3時間話した
弁護士   文春14年2月6日号 最後はあまり意識ははっきりされていませんでした
さくら氏 12/26 週刊FLASH1月28日号 収録後に共演者と対面し、「やしきは、1月からハワイで静養すべく、医師からも許可を得ていましたが、先月26日に風邪で体調を崩し、肺炎も患い急変。最期を迎えました……」と振り絞るような声で説明したという。

ざこば スポニチ 体調は少しずつ良くなっていると聞いていた
桂文枝 産経 彼の復帰が厳しいことは共通の友人を通じて聞いており覚悟はしておりましたが、突然の訃報にただただ驚いています

その他の疑問点

P82 「えーと、なんか、検査したら、食道のところにビラビラがあるみたいやねん。まあ、食道ガンらしいわ」 『胃カメラ検査したら一発や。(略)「あれ、びろびろあるわ」(略)「これ一応細胞とっときましょう」と。「ということは、これガン?」って聞いたんや。「それはわかりません。良性の場合もあるし、悪性の場合もある。一週間くらいかかります」って』(復帰時の胸いっぱい)

人間ドックで胃カメラ検査を受け、食道に腫瘍が発見された。(日刊スポーツ2013.3.23)

※腫瘍
  ・良性腫瘍
  ・悪性腫瘍(癌、肉腫)
306 さくらは免疫療法を行っている大学や病院や施設に片っ端から電話をかけた。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター、大阪大学医学部大学院医学研究科免疫造血制御研究室、三重大学、慶應義塾大学、京都府立医科大学、国立がん研究センター、さらに民間のクリニックを含めると、さくらが相談した施設は優に十を超える。この月、さくらの携帯電話の通話料金は十万近くにのぼった。 ※なぜ大阪大学の問い合わせ先は食道ガンの研究(免疫療法も含め)を行う消化器外科ではなく白血病など血液疾患を研究する免疫造血制御研究室なのか?
290
291
さくらがX病院の医師に「アカシジア」ではないか?と尋ねると、医師は「それは何ですか」と逆に質問した。さくらが説明すると「吐き気がひどくて辛いからそうなっているだけでしょう」と言って、さらに睡眠薬を増やした。 ※セレネースは「くすりのしおり」にアカシジアの記載がある
※コントミン、ジプレキサ、セレネースの添付文書に併用注意や副作用欄にアカシジアの記載がある
※厚労省が2010年に作成した 重篤副作用疾患別対応マニュアル 『アカシジア』でアカシジアを引き起こす可能性のある薬剤としてメトクロプロミド(プリンぺラン)、ドンペリドン(ナウゼリン)、クロルプロマジン(コントミン)、オランザピン(ジプレキサ)、ハロペリドール(セレネース)の名が挙がっている
291 プリンぺラン、ナウゼリン、コントミンといった吐き気止めと、ジプレキサという精神安定剤、それにセレネース、ロヒプノールといった睡眠薬を併用すると、アカシジアが起こる可能性があるということがわかった。病院にそのことを告げると、担当の若い医師は「薬剤師が大丈夫と言ってますし、他の患者さんも普通に使ってますよ」と取り合わなかった。
303 さくらは彼が睡眠薬や吐き気止めの薬の副作用で苦しんでいると訴えた。すると医師はこともなげに言った。「薬の副作用なんか気にせずに、どんどん薬を増やせばいい」
※添付文書ではコントミンの薬効分類は精神神経安定薬、セレネースは抗精神病剤になっている
128

133
(4/9)手術
(4/14)体を拭くと、皮膚の下から奇妙な音が。医師は「皮下気腫でしょう」
(4/15)発熱。「縫合不全の可能性は10~15%、術後10日ほど経たないとはっきりしたことは言えない」
(4/18)傷口に針を刺すと、中から大量の膿とリンパ液が。「縫合不全の疑い」
(4/19)検査の結果、縫合不全。手術。『今回の縫合不全は、自分が異変に気付いたから発見できたとも言える』
(4/24)炎症反応がおさまり様態が少し安定
(5/15)『ついに炎症反応が1まで下がった。一月前は15もあったので劇的な変化だ』
→CRPは術後上昇し48時間後にピークを迎えた後低下するといい、再手術のときは5日目に炎症反応がおさまったという記述がある。一度目の手術の後そういう経過をとらず4/15頃に炎症反応が15で発熱があったとしたら病院は当然それを把握していたはず

  • 最終更新:2016-02-12 18:26:06

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