people

※ページ容量が超過しそうです。編集の際はご注意下さい。 2015.8.19記

「殉愛」の登場人物

幻冬舎 刊、百田尚樹 著の “ノンフィクション” 作品に登場する人物


やしきたかじんメモリアルの「殉愛」紹介ページ



【主たる登場人物】


(「殉愛」プロローグより)
 家鋪さくらの記憶力は異常ともいえるほどで、日をずらして質問しても、何度質問しても記憶がぶれることは一切なかった。
それは細部にわたり、その時の人々の服装や立ち位置まで記憶していた。
特にたかじんの言葉や行動に関しては、まるで今そこに見ていたかのように身振りや言葉遣いのニュアンスまで再現した。
  • P.27より
さくらは高校卒業後、大阪の某百貨店に勤めたのち、21歳の時に単身アメリカに渡り、そこで一年半暮らした。
2005年に帰国してから、大阪で会社を営む伯父のもとで秘書を務めながら、海外を何度も往復した。
その後、ネイリストの資格を取り、2009年、28歳の時にイタリアへ行き、そこでネイルサロンを立ち上げた。
サロンの経営は順調で、多くの顧客と共に友人もできた。
おそらく自分はイタリアでネイリストとして生きるのだろうと思っていた。


百田尚樹はなぜ「殉愛」としてやしきたかじん最後の2年間を書くこととなったのか。
百田はたかじんと生前面識はなかったが番組に出演したことが縁で今年3月の偲ぶ会に出席、するとたかじんの亡くなる3カ月前に妻となった女性・家鋪さくらが「たかじんが百田について書いたメモがある」と声をかけてきた。
結婚期間の短さや年齢から“疑惑の未亡人”と騒がれている渦中の人で、百田は用心していた。

1週間後、さくらから会いたいというメールが届いた。
疑心暗鬼であったがたかじんの番組を担当していた知人の助言もあり再び面会に行った。
そこではたかじんが遺したメモを見せられた。「僕の本を出すなら百田に助けてもらう」とも書かれていて、
興味本位でたかじんとの出会いを聞いたが、想像を超えるもので、以降300時間に及ぶ取材を開始した。

    • (「殉愛」プロローグより)
 私が「やしきたかじんを偲ぶ会」に出席したのは、会の企画メンバーの中に「そこまで言って委員会」のスタッフがいて、私に招待状を送ってくれたからだ。
 私はこのメモを見て非常に驚いた。たかじんが全く親交のない私をここまで買ってくれていたとは思わなかったからだ。
 私はその後も未亡人と何度か会い、多くの話を聞いた。おかしな言い方になるが、聞けば聞くほど、その劇的な物語に魅了された。(中略)
 未亡人がたかじんとのことをに話してくれたのは、亡き夫が尊敬し、会いたがっていた人物に、自分たちのことを知ってもらいたい!という純粋な気持ちからだった。
※尊敬し、会いたがっていた人物=百田氏?


その他登場人物一覧(「殉愛」中の表記による)

(※太字は文中で発言している人物、次項参照)
TV局スタッフ/
制作会社
相原康司/松山源一/三浦真理子(ボーイズ)山西敏之相島良樹(読売テレビ)田中威至徳岡敦朗(テレビ大阪)、竹本潔観/古市忠嗣/中澤健吾/木村弥寿彦(関西テレビ)、長谷川豊/日置圭信橘庸介(レジスタエックスワン)吉田真規子(スタイリスト)山田晃(TVTVTV)越智常雄(読売テレビ会長)井関猛親砂野信(AZITO)、和野陽介(ヘアメイク)
たかじんスタッフ (二代目マネージャー)(音楽プロデューサー)、S(経理担当者)、N(初代マネージャー)
たかじん家族 (長女)前妻、前妻の夫、母
さくらの家族、親戚 伯父
さくらの友人、知人 友人のイタリア人女性、イタリアの下宿先のママ、その息子米兵
病院関係者 久保田啓介竹中陽子寺田麻子細井純子(三田病院・聖路加病院)鶴間哲弘横内しのぶ(JR札幌病院)阿部裕一(すまいる歯科)、国会議員でもある某医師
たかじん友人、知人 松本哲朗鵜川誠二(ごずこん)梅田福男三浦雅、藤田和也、冨田龍一、山元貫司、植田清子(サロン105)、金崎公三(アクアマリン)、上田哲次(ラポー)、一級建築士、友人の会社経営者、たかじんの友人と名乗る某
著名人 笑福亭鶴瓶安倍晋三橋下徹遥洋子、島田紳助、玉置浩二、青田典子、黒田有、井上公造
その他 田中征江/高野由美/山川知恵(コンビニ店員)Y弁護士

「殉愛」で証言しているテレビ関係者

(口を揃えて、実娘と元マネージャーK氏を批判している) 参照:リテラ 2014.11.24付
※以下、「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ)→委員会、「たかじんNOマネー」(テレビ大阪)→NOマネー、
「たかじん胸いっぱい」(関西テレビ)→胸いっぱい と略記
氏名担当番組名肩書き・所属(出版当時)
山西敏之/委員会/読売テレビ制作局長
  p.220~222 ハワイのマンションに日置、橘とともにやってくる。たかじんがさくら夫人に甘えまくっている姿を見て、衝撃を受ける。Kが番組収録のスタジオにほとんど顔を出していないと言う
p.242~243 読売テレビ会長の越智とともにたかじん、さくら夫人と食事会を開く
p.249、252 たかじん復帰の際にさくら夫人にスタジオ見学したいか電話。収録後、さくら夫人に感謝の電話
p.315 たかじんに電話し「たかじんさんが番組を終わらせたがっているとUが言っているが本当か」と質問
p.319 相原とともに札幌のマンションへやってくる
p.326 たかじんの誕生日会をさくら夫人と相談して開く
p.347 結婚報道は本当かさくら夫人に電話確認
p.398~399 1月6日、遺骨に手を合わせにやってくる(山西、徳岡、中澤、日置)
p.402 さくら夫人が書いた訃報の公式発表の文面を書き直し、メモを持参
相島良樹/委員会/読売テレビプロデューサー
  p.168 (Kとは)仕事の話をした記憶はほとんどないですね。大事な話は直接、たかじんさんとしていました」
p.294 Kがさくら夫人に非協力的な理由は「男のやきもち」と証言(松本哲朗、相島、中澤、田中、徳岡、相原、日置)
p.326 たかじんの誕生日会に参加(山西、徳岡、中澤、相原、日置他)
徳岡敦朗/NOマネー/テレビ大阪プロデューサー
  p.103 徳岡敦朗は「本当か嘘かはわかりませんが」と前置きして、「たかじんさんが、この前、娘に五千万円やって縁を切った、と言っていたのを聞いたことがあります」と言った
p.168 「こんな言い方をして申し訳ないけど、ぼくらは彼(編注:K)を運転手としてしか見ていませんでした」
p.239 「一番びっくりしたのは、ぼくらの前でも、さくらさんを"ハニー"と嬉しそうに呼んでることです。もうその顔もデレデレ。そんな顔も態度も、この十年一度も見た事がなかったです。たかじんさんにとって、さくらさんが特別な女性だというのはすぐにわかりました」
p.258~260 たかじん復帰時、橋下との会食後自宅に徳岡を呼ぶ
p.261 復帰番組の高視聴率祝いとして大入り袋と桜の木をたかじんに持って来る
中澤健吾/胸いっぱい/関西テレビプロデューサー
  p.239 中澤健吾と日置圭信の証言:「傍から見ていても、さくらさんに対する(編注:Kの)嫉妬ははっきり感じましたね
p.321 日置と共に札幌のたかじんマンションを訪問
p.345 たかじん胸いっぱいの1000回記念のサプライズ出演を打ち合わせ
p.346 結婚報道が出た際に、誰よりも先にさくら夫人に電話して確認
井関猛親/委員会・NOマネー/制作プロダクション「AZITO」代表
  p.222~224 右翼の大物から左翼の大物まで幅広い人脈を持つフィクサー的な 存在で、安倍総理とたかじんを引き合わせたのも彼である。ハワイのマンションに初めて訪問。2011年の春に体調の悪いたかじんに総合病院を紹介し狭心症と診断されたことを謝罪。3月末に復帰することを決め、具体的な日取りを話し合う
p.223 「テニスの良きパートナーという感じでした。あるいは大工の棟梁に対する弟子と言う感じです。男と女の関係という雰囲気はあまり感じなかったです」
p.250 たかじん復帰の際にさくら夫人にスタジオ見学したいか、マスコミに知られずに入れる方法はいくらでもあると電話
p.251 復帰日マンションでの打ち上げにやってくる
p.332 飛行機の中でばったりたかじんと会う。これが最後に会話した日となる
p.399 1月6日にさくら夫人が電話で訃報を伝える
p.402 相原とともに遺骨に手を合わせにやってくる
p.409 毎日放送の追悼番組をつぶす。毎日放送の常務がKとUから許可を取ったと答えると「KとUには何の権利もない」と発言
p.409 弁護士や井関らが「Office TAKAJIN」を作ることをアドバイス
相原康司/委員会・NOマネー/制作プロダクション「ボーイズ」代表
※相原の証言や登場場面については後項を参照
山田晃/委員会・NOマネー/「ボーイズ」子会社の「TVTVTV」ディレクター
  p.216 ハワイのマンションへ相原、松本とともにやってくる
p.402 1月7日にやってきてさくら夫人からメモを受け取り、訃報をP.I.Sのウェブサイトにアップ
日置圭信/胸いっぱい/制作プロダクション「レジスタエックスワン」
  p.168 Kはただの運転手兼カバン持ちと証言する相島、徳岡に続き同じようなことを証言
p.246 たかじん復帰時にスタジオに行けなかったさくら夫人が電話し不満を伝えると、苦しそうに言い訳をする
p.247 復帰番組収録後、さくら夫人に感謝の電話をする
p.317 山西からUが番組を終わらせたがっていると聞き、さくら夫人が日置に電話。番組タイトルからたかじんの名前を消せとUに言われ「なんでお前にそんなこと言われなあかんねんと思ったんですが、Uはたかじんさんの意向やと言うんで、困ってたんです」「多分、そうやないかと思ってました。さくらさんにはっきり言ってもらって、よかったです」と返答
p.347 結婚報道は本当かさくら夫人に電話確認


さくらの“理解者”、相原

    • 殉愛 p.217より 相原康司の証言
「柔和な雰囲気になっていました。
病気のせいで、気が弱くなっていたせいもあるかもしれないけど、それよりもさくらちゃんといることで性格が変わった気がします」
「師匠は前の嫁さんや女をハワイに連れて来た時は、必ずホテルに泊まらせて、コンドミニアムには自分一人で寝るんです。
女とずっと一緒におるのが嫌な人やったんです。それがさくらちゃんとは、どこへ行くにもずっと一緒なんで、びっくりしました」
   >たかじんさんのハワイのコンドミニアムに泊まったことのある女性はさくらさんだけだという証言が書かれているんですよ。
   >これも間違ってます、こういうことを言ったら非常にたかじんさんに怒られるかもしれませんけれど、
   >僕は複数の女性が泊まっていることを確信してます。二人っきりとはいいませんが。


  • 殉愛p322より抜粋
(2013年10月3日)その日の夕方、たかじんは「ボーイズ」の相原康司に「大事な話があるから実印を持ってこい」と電話した。
(中略)
「師匠のためなら、何でもやりますよ」
さくらはその言葉を聞いて泣きそうになった。たかじんも一瞬言葉を詰まらせた。
「ほんなら、これにサインして印鑑押してくれ」
たかじんは一枚の書類を相原の目の前に差し出した。相原は署名捺印しようとして書類に目を通したが、その顔がみるみる崩れた。
書類は「婚姻届」だった。
「師匠、とうとうーー」あとは涙で言葉にならなかった。

(11月29日夜、たかじんのipadにKから「あられもない格好をした女性の写真」を添付したメールが届く)
その夜、さくらは相原に相談した。たかじんがKをクビにする意向だということを告げておこうと思ったのだ。
「あいつ、最低やな!」さくらの説明を聞いた相原は憎々しげに言った。「今から行って、しめたろうか」

  • その他、相原に関する記述
P86 『各テレビ局のスタッフたちからも、「たかじんの一番の子分」と言われている』
2012年1月17日に「お前にだけは言っておこうと思って、来てもらったんや」(略)「さくらちゃん、師匠のこと、よろしくお願いいたします」そして初対面のさくらに深く頭を下げた。さくらは、この人は本当にたかじんのことを思っているのだと感じた。
P216 相原は制作会社「ボーイズ」の社長で、たかじんがテレビスタッフでは最も信頼を置いている男の一人である。食道ガンがわかったとき、真っ先に呼んで打ち明けた男でもある
P228 浮気を知って怒ったさくらに、たかじんのために土下座し「堪忍したってください」と一時間謝りつづける
P257 「結婚といえば、師匠のほうが先にさくらちゃんとせなあきませんやん」
P260 「師匠が今こうして元気な姿でいるのは、さくらちゃんがいてこそです」「さくらちゃんを泣かすようなことをしたら絶対にあきません」
P402 (※1月6日に中澤、木村、長谷川、日置、山西、徳岡、田中はマンションを訪れ、井関も電話でたかじんの死を伝えられた。 相原は1月7日夕方五時に井関と共にマンションを訪れた。)
『相原はこのときはじめてたかじんの死を知らされた。ショックで言葉も出ず、そのまま声を殺して泣いた』


「殉愛」において、実名で証言をしている人物一覧

久保田啓介 主治医(国際医療福祉大三田病院→聖路加国際病院)
  「長い間医師をしてきて、これほど献身的に看病した女性を私は見たことがなく、今後も見ることはないでしょう」
殉愛 p.159
「退院できたのは奇跡です。もしかしたら退院できないかもしれないと思っていました。できるとしてもあと半年はかかるだろうと思っていました。もちろん、たかじんさんの頑張りがあったからですが、さくらさんの看病がなければ無理だったでしょう」
竹中陽子 師長 (国際医療福祉大三田病院→聖路加国際病院)
  殉愛 p.141より
「長いことナースをやっていますが、ここまで夫のために看護する奥さんなんか見たことがありません」
「単に、頑張るだけじゃなく、勉強量がすごい。自分でも調べるし、医師やナースたちの勉強会にも参加する。最初は、すぐに音を上げるんじゃないかと思っていましたが、最後まで頑張り抜いたのは、本当にすごい」
殉愛 p.143より
「さくらさんの指摘は当然と思うことばかりでした。
彼女は看護師が気付かないような患者の変化も見つけましたし、看護師以上に頑張っていましたから」
寺田麻子 国際医療福祉大三田病院 ナースマネージャー
  殉愛 p.384より
「久保田先生から亡くなりましたと言われたときは、ワッと泣かれましたが、泣きやんだあとは落ち着いて、取り乱したりするようなことはありませんでした。体を洗っているときは、たかじんさんとの想い出話をされていました」
細井純子 国際医療福祉大三田病院 看護師
  殉愛 p.142より
「今だから言いますが、初めてお二人を見たときは、六十歳を過ぎた有名タレントに若い女性というカップルですから、ナースたちの間で、あの女性の目的って、やっぱりお金かな、と話したこともあります。でも、その後のさくらさんを見ていると、お金目的ではとてもできることじゃないと思いました。本気でたかじんさんを愛しているのがわかりました」
「見ていて辛かったし。寝ないし、ごはんも食べないし。外食もしないし、二十四時間ずっと病室。若いのに、先が見えないのに、こんな生活していていいのかと。それで林さん(※編註:たかじんの偽名)の浮気の話を聞いたときは、本気で『こんな男とは別れたほうがいい。捨ててしまいなさい』と言いました。」
鶴間哲弘 JR札幌病院 医師
  殉愛 p.195より (たかじんの印象について)
「芯の強い人だが、一方で非常に繊細でナーバスな人というイメージです。
強がっている感じがあったが、常に不安を抱えていて、信頼関係を築くのに時間がかかると思いました。対応の難しい患者さんという印象です」
横内しのぶ JR札幌病院 看護師
  殉愛 p.195より (たかじんの印象について)
「初めて会ったときは怖いひとというイメージでした。でも、そのうちにかわいい人という感じに変わりました。守ってあげたいと思わせるものを持っていました」
鵜川誠二 京都祇園の料理屋「ごずこん」のシェフ
  殉愛 p.143より
「あのときは、正直、ファンがうまいこと言うて、たかじんさんに近付いたと思っていた。
病気で弱気になったたかじんさんが騙されたんやろと思った。そやから、看病なんてできるはずがない、そのうちにケツを割って逃げるやろと、けど、哲朗さんから看病の話を聞いて、そうやないとわかった。ほんまにようやってくれた。ごめんやで、堪忍してな」
吉田真規子 たかじんのスタイリスト
  殉愛 p.97より
たかじんのスタイリストを十年前から務めている吉田真規子は、スタジオでさくらを見た印象を私にこう語った。
「控え目で清楚な感じ。それまでのたかじんさんが連れてきた女とは正反対の雰囲気の子でした。
それで、次の日にたかじんさんに、歴代ナンバーワンやねと言うたら、はにかんでいました」
殉愛 p.251より
スタジオでKに会ったスタイリストの吉田真規子は「さくらちゃんもスタジオに呼んだったらええのに」と言ったが、Kに「なんでお前にそんなこと言われなあかんねん」と言われている。
越知常雄 読売テレビ会長
  殉愛P.242より(2013年3月 TV復帰前)
十八日、読売テレビの会長・越智恒雄と同局の制作局長・山西敏之が食事会を開いてくれた。さくらは山西とはハワイで会っていたが、越智と会うのは初めてだった。たかじんも彼と会うのは一年ぶりだった。越智はたかじんの復帰を「嬉しい、嬉しい」と何度も繰り返した。
 たかじんは越智を非常に尊敬しており、自分がこれまで彼にどれだけ世話になったかを、さくらに何度も語っていた。「自分にとっては親友みたいなもんや」と。そして「いつか越智さんにハニーをきちんと紹介したい」とも言っていた。
 この夜、たかじんはその言葉通り、「ぼくの一番大切な女性です」と、さくらを紹介した。そして自分がどれほどさくらを大切にしているかを熱く語った。
「たかじんとさくらさんは、純愛なんだね」
越智はしみじみと語った。たかじんは本気で照れていた。越智はさくらに向かって、「たかじんさんは本当は心の優しい男なんです。しっかりと支えてやってください」と言った。
 越智は大きなテレビ局の会長とは思えないほど、気さくな人だった。年齢はたかじんよりも八歳も上だが、子供みたいなかわいらしさがあった。何度もさくらの手を握りながら、にこにこして「こんな若い娘をつかまえて」と言った。 「この娘が薬みたいなもんだね。抗ガン剤よりも手術よりも効く。
たかじんさんが復帰できたのはさくらさんのおかげ以外のなにものでもない」
「昔の日活の青春ドラマの純愛みたいでした。山西から、献身的な女性が付いていると聞いたときは、家政婦みたいなおばさんをイメージしてたけど、全然違っていて、びっくりしました」
殉愛P.252より
山西から電話が有った。
「今日はお疲れさまでした。一年間、よく支えてくれました」(中略)「越智がさくらさんも来たらよかったのに、と言ってましたよ」
砂野 信 そこまで言って委員会 チーフディレクター
  殉愛 p.97より
「かわいい人です。でも、とてもしっかりした人です。そして素晴らしい女性です」
阿部裕一 札幌 すまいる歯科 院長
  殉愛 p.319より
「処置している間、たかじんさんが何も言わないのに、さくらさんはすぐに痛みや異変を察知していました。まるでテレパシーみたいだなと思ったのを覚えています」
笑福亭鶴瓶 タレント
  殉愛 p.53より
鶴瓶は私にこう語った。
「たかじんが亡くなってから、彼のマンションに行って、あらためてさくらさんをじっくり見てびっくりしました。若いとき、たかじんが真底惚れていた彼女にそっくりやったからです。あまりに似てたんで、その場で彼女に電話したくらいです」
安倍晋三 衆議院議員、内閣総理大臣
  殉愛 p.194より
安倍はこの温泉(編註:山口県俵山温泉)の思い出を、私に熱く語った。「たかじんさんとは幹事長時代に初めてお会いしたんですが、このとき、いつか温泉に行きましょうと言ってくれたんです。それが実現したのは総理の職を辞した後でした(中略)たかじんさんから声をかけていただき、どんなに勇気付けられたことか。」
橋下徹 大阪市長
  殉愛 p.254より (2013年3月23日、テレビ大阪の「たかじんNOマネー」収録後)
彼は橋下をリビングに通すと、さくらを紹介した。「これ、ぼくのフィアンセ、さくらや」そう言って、さくらの指にはめている指輪まで見せた。
「あのときは本当にびっくりしましたよ」と橋下は私に語った。 「収録が終わって、たかじんさんから、どうしても紹介したい人がいるから、時間ある?と訊かれたんです。これまでそんなこと一度も言われたことがなかったので、いったい誰だろうと思っていたら、まさかフィアンセですからね。でも、もっと驚いたのは、たかじんさんがさくらさんに精神的に依存していることでした。もう完全に頼り切ってる。さくらさんは強さと優しさを備えた女性だという印象を持ちました」
梅田福男 ハワイ在住のカメラマン
  殉愛 p.206より (2013年3月22日、読売テレビの「そこまで言って委員会」収録後)
「Kちゃんに観覧の手続きをしてもらって、スタジオに入れました。ラッキーや」と梅田が言った。
 さくらはショックを受けた。あんなに頼んだ自分を蚊帳の外に置いて、友人たちにはスタジオ観覧の手配をしていたのだ。
三浦雅 ハワイ在住のウェディング関連
  殉愛 p.206より
「師匠がデレデレなのに驚きました。今までハワイに何人も女性を連れてきたけど、接する態度が全然違いました。ああ、師匠、マジやなと思いました。あんな彼を見たのは初めてです」
殉愛 p.213(手を切ったさくら夫人のために病院に駆けつけて)
「あんなに動転しているたかじんさんを見たのは初めてでした」
殉愛 p.215(アラモアナ・ショッピングセンターのティファニーで)
ずっと三浦に預けていたバッグを受け取り、中から数百万円分のドル紙幣を取り出すと、三浦は悲鳴を上げた。「そんな大金が入っていたのなら、前もって言っておいてくださいよ!」
遙洋子 タレント
  殉愛 p.326より
「第一印象は、癒しの人。それと、配慮がすごい人と思いました。(中略)たかじんさんの心が読めてるのかなと思いました。たかじんさんも本気で惚れてるのがわかりました。これまで、女にはめちゃくちゃ高圧的で奴隷のような扱いをしていたたかじんさんが、さくらさんにはまったくそんな素振りは見せなかったのも驚きでした」
「今回は当たりですねと言ったんです。するとたかじんさんが嬉しそうに「逆転満塁ホームランか?」と訊いたから、「リーグ優勝でしょう!」と答えました。でもあとで、なんで「日本シリーズ優勝」と言わなかったのか後悔しました。だって彼女は日本でただ一人の女性でしたから」
田中征江
高野由美
山川知恵
サンクス北4条東店(札幌) 店員
  殉愛 P.331より
(毎週金曜日にさくらが競馬新聞を買いに行き、覚えられて話をするようになった)
「体が悪くて家で療養してるご主人の代わりに買いに来ているとおっしゃっていました。
年の開いたご主人とは聞いていました。一年後に来られたとき、ご主人はお元気ですかと訊ねたら、
亡くなりましたと言われたので、ああ、かわいそうにと思いました」
「そのご主人がやしきたかじんさんと聞いて、皆でびっくりしました」


さくらを “何度も助けた” 松本哲朗

  • 松本哲朗 :京都在住の30年来の親友(※通称「チョル」)
  • 殉愛p.387より
午後、たかじんの親友・松本哲朗に電話した。
「哲朗さん、ハニーがちょっと話たいことがあるって言ってます。今日、来てくれますか」
「おお、すぐ行く」
 (中略)
 午後七時前、京都から松本がやってきた。彼は土産の漬け物を差し出した。
「あけましておめでとうさん」
 松本に言われて、さくらは、ああ、今日は正月だったのだ、と思った。
 松本が六本木のマンションに来るのは初めてだった。
  • 殉愛p.390より
 さくらは松本にエンディングノートを見せ、娘さんと前妻を呼ぶべきかを相談した。
「ハニーはさくら以外の親族は誰も呼ぶなって言って書いてたんだけど、哲朗さんはどう思う?」
「じんちゃんは前の奥さんに未練はないけど、感謝してる部分はある。よく殴ったし、謝りたいと思ってるかもしれん」
「そうだったの」
「それと、たしかにじんちゃんは娘のことは嫌っていたけど--でも、娘がどんな人間であっても、さくらちゃんの思いやりとして呼んでやったらええと思う」
「そうしても、ハニーは怒んないよね」
「そう思う」
 それを訊いて、さくらは火葬には前妻も娘も呼ぼうと決めた。
 午後八時すぎに松本は帰っていった。
※たかじん死去時のさくらと松本氏の行動についての疑問点はこちらのページを参照
  • 松本氏に関する殉愛での記述
p.31 歌の途中、別の男性が隣にやってくると、「どこかで会うた?」と訊いてきた。後に何度もさくらを助けてくれることになるこの男性は松本哲朗という男で、たかじんとは三十年来の親友だった。
「会ってないと思いますけど、どうしてですか?」
「じんちゃんが昔、好きやった女に似てる。一緒に皿を買いに行けへんかったかな?」
p.90 「じんちゃんにはいつも女がいたけど、彼女だと言ったことは一度もなかったからね。それに、じんちゃんの目を見たら本気だというのがわかった」
p.103 親友の松本哲朗は「娘の頭の中は金しかない! 縁を切りたい」とたかじんがこぼしているのを聞いている。
p.216 松本はたかじんの三十年来のプライベートな親友で、親族と弁護士以外で、彼の死に顔を見た唯一の男だ
p.395 娘は弁護士に遺言書の件を聞きたいと言って残った。松本は「あんなんだから、じんちゃんも嫌いになったんや」と言った。

※その他、松本哲朗氏についてのタレコミ情報はこちら


参考: 宝島(「殉真」を出版) 井野編集長twitterより

ryosuke ino @RyosukeIno · 2月27日
実名証言が載っているからといって、当人が本当にそんな話をセンセイにしたのか疑わしい箇所多発。都度取り上げていたらキリがない。
聖路加の医師などは件の問題箇所について「そんなことは言っていない」と否定しています。
テレビ局関係者に至っては『殉愛》読んでエッ!?と驚いている人もw。


誕生日会に参加したメンバー

  • たかじんの誕生日会(2013年10月5日)にてお揃いのピンクポロシャツを着ていたメンバー
殉愛 p.326より
 実はこの日の誕生日会は、さくらがたかじんにナイショで相原や山西と相談して開いたものだった。
この日、サロンに集まっていた者は、相原康司、松山源一、三浦真理子(以上、ボーイズ)、
山西敏之、相島良樹(以上、読売テレビ)、田中威至、徳岡敦朗(以上、テレビ大阪)、
竹本潔観、古市忠嗣、中澤健吾、木村弥寿彦(以上、関西テレビ)、
長谷川豊、日置圭信(以上、レジスタエックスワン)、吉田真規子(スタイリスト)、
遥洋子(タレント)、山田晃(TVTVTV)、山元貫司、植田清子(以上、サロン105)、Kの計19名だった。
全員がピンクのポロシャツを着ていた。これはさくらと読売テレビのスタッフがこの日のためにデザインしたものだった。
胸には「YASHIKI TAKAJIN 64th Anniversary」の欧文と、やしきたかじんの顔のイラストが入っていた。
袖には「SAKUJIN」の文字があった。「SAKUJIN」は、たかじんが以前考案し、「ぼくとさくらの二人のニックネームだ」と言っていたものだ。
画像を表示画像を表示

※この誕生日会の様子についての目撃情報はこちら

さくらの「伯父」

五千万円をポンと都合してくれる“伯父”は、本文中に父方なのか母方なのかの言及がされておらず、謎の多い人物。
『殉真』p.189によると、たしかにさくらは“秘書”を勤めていたようですが、その会社の社長F氏は伯父ではありません。
(詳しくは〈さくらの前歴〉を参照のこと)

(殉愛p.136~137より)
四月二十三日、さくらは思い切って伯父に電話した。
彼女はイタリアに渡るまで、伯父が社長を務める会社で秘書をしていた。伯父は七十歳を超えていたが年齢を感じさせない精力的な男だった。「幼いころからさくらを非常にかわいがってくれ、彼女が二十一歳でカトリックの洗礼を受けた時のゴッドファザー(代父)でもある。さくらに第二の人生を与えてくれた人だった。
余談だが、さくらは秘書時代に伯父の株式の運用を任され、二年間で一億円近い利益を出していた。伯父は姪に実業家の才能があると見て、「いつか起業するなら、いつでも投資してやるぞ」と言っていた。彼は実際に、起業する若者に投資した事もある。
伯父は姪からの久しぶりの電話に喜んだ。
「マンションを引き払ってイタリアに帰ったと思っていたのに、まだ日本におったんか?」
伯父はさくらがたかじんと一緒にいることを知らなかった。
(*中略…さくらはどうしてもやりたいことがある、多くの人が救われる医療器具を買うためにお金を貸してほしいと伯父に頼み込む*)
伯父はしばらく黙っていたが、やがて言った。
「なんぼいるんや」
「一億円」
(中略)
「お前な」と伯父はたしなめるように言った。「一億と言うのはすごい金やぞ。担保もなしに貸せる金やない」
「はい」
「そやけど、お前がそこまで言うんや。五千万円なら貸してやる」
「一億円貸してほしいんです」
伯父は電話の向こうで大きなため息をついた。
「住んでるのはどこや?」伯父は言った。「小切手を持っていかせる」
「伯父さん、ありがとうございます」
(殉愛p.153より)
午後、さくらは仕事で東京に出て来ていた伯父と日本橋の「マンダリン オリエンタル東京」で食事した。
前に電話で話してはいたが、会うのは半年ぶりだった。
「随分痩せたなあ」
伯父はさくらの変わりように驚いた。
「伯父さん、前に送ってもらった小切手、使わなかったから返します」
さくらは一億円の小切手を伯父に渡した。
「この金、何に使うつもりやったんや」
「好きな人の病気を治すために使うつもりでした」
「それは誰や」
「やしきたかじんさん」
伯父は一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに納得したようにうなずいた。
「まさか、たかじんとはなーーー。ガンらしいな」
(中略)
「いつ死ぬかわからへんのにーーー」伯父がぼそっと言った。「それでもええのか」
さくらはうなづいた。
伯父は小さな声で「そうか」と言うと、バックをさくらの前に置いた。
「五千万円ある。本当に困った時に使え」
さくらは伯父の優しさに泣きそうになった。
「やるんと違うぞ。貸してやるだけや」
伯父はぶっきらぼうに言った。
  • その他、「伯父」が出てくる箇所
p.27 2005年に帰国してから、大阪で会社を営む伯父のもとで秘書を務めながら、海外を何度も往復した。
p.44 病院に行くことを強く勧めると、たかじんも少しその気になった。
「どこがいいかなあ」
「北野病院なら、私の伯父が会員だから、すぐに行けますよ」
p.88 それとマンションを貸してくれていた伯父に、「二月三日まで日本にいる」と連絡した。
さくらは伯父から頼まれた通訳の仕事があって、たかじんのマンションに行けなかった。
p.111 三月二十四日、さくらは昨年秋から借りていた伯父のマンションを引き払い、たかじんの向かいのマンションに引っ越した。


「殉愛」の中で悪人のように描写されている人物

 ※作品中は実名=善、イニシャル表記=悪 として表現されている
 (下記の引用は一部分であり、同様に偏った視点からの記述は他にも多数ある)
 ※また、著者はイニシャル表記されている人物への取材は一切行っていない
たかじんの遺言書を作成した「Y弁護士」こと吉村洋文氏についての詳細は
遺言・贈与についての疑問点を参照してください

たかじんのマネージャー(「殉愛」では終始一貫さくらを疎んじている“敵役”)
  殉愛P.106-107
二月二十一日、さくらはKとUから食事に誘われた。何か話があるようだった。(中略)
席に着くなり、Uが命令口調で言った。
「あんたにかかってるんやからな。ちゃんとやってや」
「もちろんです。頑張ります。二人の将来もかかっていますし」
UとKは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「二人の将来って、あんた、何を言ってるの」Uが言った。「あの人にとって女なんかただの遊び相手やで、今は病気で気が弱っているから、あんたにたよってるけど、病気が治ったら、すぐに捨てられるで」
隣でKがにやにやしていた。
「私はたかじんさんを信じています」
「あんたのために言うてるんやで。あんまり期待せんほうがええで。とにかく、今は復帰することだけを考えて頑張ってや。たかじんさんが元気になったら、あとのことはそれから考えたらええ。あんたも若いんやから」(中略)
「あんた、たかじんさんのことを何も知らんのやなぁ」
殉愛 p.167より
Kは当初かばん持ちで採用、のちに運転手をつとめた。Kはうっかりミスが多くたかじんに怒鳴られて姿をくらませた。数年後運転手として再雇用され、マネージャーとなったが、誰もKをマネージャーとしては見てなかった。
殉愛 p.221より
 会話の途中、たかじんを呆れさせた話が出た。それはKが番組収録のスタジオにほとんど顔を出していなかったというものだ。Kはたかじんには、毎回収録に立ち会っていると言っていた。そのためにたかじんは「これで差し入れでも持っていってくれ」と金も渡していたのだ。
 私の取材に対して三局のプロデューサーたちは言った。
 「たかじんさんの休養中の2年間に、Kさんの顔を見たのは一回か二回くらいです」
 日置たちの話を聞いたたかじんは、
「あいつはそんなやっちゃ」と苦笑した。
殉愛 p.294より
もうひと時も目を離せなくなった。それで買い物にも行けず、何度かはKにも頼んだが、そのたびに嫌そうな顔をされ、千円くらいの買い物にも一万円を渡し、お釣りを駄賃代わりにした。
これまでにもKからは何度も非協力的な態度をとられていたが、さくらにはその理由がわからなかった。師匠のためになぜ働いてくれないのか。
(中略)それはともかくとして、たかじんがこの二年近くさくらだけを信頼し、反対に期待通りに動かないKをむげに扱ったことも、彼のプライドをいたく傷つけ、さくらへの憎悪を増幅させた可能性として大いにある。
殉愛 p.294より
「男のやきもちですね」とこともなげに言った。(松本哲朗、読売テレビ・相島、関西テレビ・中澤、TV大阪・田中、徳岡、ボーイズ・相原、制作会社・日置)
「はたから見ていても、さくらさんに対する嫉妬ははっきり感じましたね」(中澤、日置ほか)
相原は「そこまで仲がいいなら、あなたがマネージャーになったら、いいじゃないですか」とすねられたことがある。
殉愛 p.335より
「師匠が休んでいる間、番組から冠料が出ていることは知ってはりますよね」
「ああ、Kがそんなことを言うてたな。せやけど、付きに五万とか十万の世界やろ」
「違いますよ!」相原は大きな声で言った。「放送一本分だけで、それを軽く超えるお金をP.I.Sに振り込んでますよ」
「ほんまか--Kはそんなこと全然言うてなかったぞ」
たかじん一人で稼いでいる個人事務所P.I.Sの収入は彼の休養と同時に途絶えている。事務所家賃その他の経費、Kの給料として、毎月かなりの金が出て行く。Kが「会社の金がない」と言ったので、二〇一二年から一三年にかけて、たかじんは自らのポケットマネー数千万円をKに渡している。
「師匠、会社の帳簿を調べたほうがいいですよ」
殉愛 p.341より
たかじんはiPadの画面を睨みつけたまま、声になるかならないかの小さな声で、「許さん--」と呟いた。(中略)たかじんはiPadの画面をさくらに見せた。あられもない格好をした女性の姿がさくらの目に飛び込んできた。(中略)その直後、三つ目のメールが届いた。そこには、間違ってメールを送った旨と、謝罪の言葉がわずか四十字ほどで書かれていた。
たかじんの怒りは激しかった
「自分が師匠と思っとる人間が飲みも食べもできずに苦しんで、手術してる日に、こいつはこうやって女遊びをしとるんや。最低や!情けない!」彼は絞りだすような声で言った。「Kは仕事何一つできん奴やった。せやけど、ぼくを師匠と慕ってくれる男やと思っていた。そこだけが取り柄やと思って許してきた。金のことも目ぇつぶってきた。せやけど、もう終わった--あいつはクビにする」
殉愛 p.409より
急遽、テレビ大阪の徳岡敦郎たちが調べると、毎日放送に「たかじんが三日に亡くなった」という情報を報せたのはKであることが判明した。しかも驚いたことに、毎日放送から制作協力費がUに入ることになっていた。
井関猛親が毎日放送の常務に電話し、「遺族の許可を取ったのか」と訊くと、常務はKとUから許可を取ったと答えた。井関は「KとUには何の権利もない。これを流すと大変なことになるぞ」と言った。放送は直前で中止になった。
殉愛 p.410より
Kはそれ以外にも嫌がらせとしか思えない事をしている。四月にさくらが東京のマンションに行くと、電気、ガス、水道が彼女に無断で止められていた。
六月に札幌のマンションへ行くと、鍵が付けかえられて、中に入れなくなっていた。
Kは「札幌のマンションはP、I、Sが借りているから、ただちに立ち退くように」と主張した。
たかじんの長女
  殉愛 p.166より
6月9日、たかじんは退院して六本木のマンションへ戻った。
(中略)しかし楽しいムードは、たかじんの携帯に届いた一本のメールで壊れた。娘からだった。それは退院を祝うものではなく、「なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな。いざとなったら、私も出るとこ出るよ」という内容だった。
たかじんは不機嫌になり、さくらのことを長女に言ったのはKしか考えられんと言い、Kに電話し「お前が娘に余計な事を言うたんか」と怒った。
(中略)・・・さくらの携帯にKから電話が入った。さくらは何も訊きもしないのに娘の悪口をさんざん語った。
更に、娘にさくらのことを話したのはP.I.SのS事務員であろうと告げた。
殉愛 p.411より
娘のHは火葬のあとしばらくして、遺言書は無効であると主張した。彼女は親密な関係であった父が自分に遺産を与えないのは不自然だと言い、正常な判断力を失った状態で書かれたものだから無効という主張をした。
Hはまた2014年3月3日にリーガロイヤルホテルで行われた「やしきたかじんを偲ぶ会」にも強引に出席した。最初、会を主催する在阪のテレビ5局のスタッフは、Hを呼ぶつもりはなかった。しかしHから「自分を出席させなければ、会の中止の仮処分申請を裁判所に出す」と言われたために、トラブルに発展することを恐れ、やむなく会に招待したのだ。
(中略)
この会には私も出席していたが・・・会の半ば、さくらがマイクを持って挨拶を始めると、Hと見られる人物が野次を飛ばしているのを目撃している。それは異様な光景であった。
※長女の主張 週刊朝日2014年12月19日号より】
《「私は野次など飛ばしていません。さくらさんのあいさつの間、会場は静まり返っていた。
私は他の親族と一緒に会場の端に固まって座っていましたが、そんな不謹慎な発言は聞いていません》
   ※その他上記の描写に対する長女の反論はこちらのページを参照
たかじんの音楽プロデューサー(※打越氏とは別人)
  殉愛 p.314より
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がいいよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uはさくらを睨み付けた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレベーターに乗った。
殉愛 p.315より
山西は最後に気になることを言った。それは、「たかじんさんが番組を終わらせたがっているとUが言っているが本当か」という質問だった。それを聞いたたかじんは激怒して、「そんなことはない!」と否定した。
 たかじんは電話を切ったあと、さくらに「Uの奴、余計なことを言いやがって」と怒った。
殉愛 p.317~318より
 その夜、相原からさくらに電話があった。
「山西さんからUが言うてたこと聞きました。ひどいよなあ。師匠が番組やめろなんて言うはずないもんなあ」
「これからは番組のことは、Uさんじゃなくて、私に直接言ってください」
「そうするよ。Uはもともと音楽業界の人間で、ぼくらテレビのことはわからん。バラエティーのスタッフを馬鹿にしてるようなところがあるんで、前から気分が悪かったんです」
 さくらは(中略)日置に電話した。
「Uさんが何かおかしなこと言ってませんでした?」
「この前、たかじんさんの番組のプロデューサークラスがUに集められたんです。何の話かと思ったら、『番組の看板おろせ』って」(中略)
 翌日、相原から直接その話を聞いたたかじんは怒りまくった。すぐにKに電話して、「今後一切、Uを仕事に関わらせるな」と告げた。


  • 最終更新:2015-11-13 10:32:10

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード