sakura_says

報道によるさくら氏の言い分


たかじんの遺産、遺言書について

「ネットなどではすでに私が巨額の遺産を手にしたかのように言われていますが、全く違う。
現在はまだ遺言執行者の判断が下っておらず、一部の不動産の名義を変更しただけで、ほとんどの遺産の相続はストップしたままなのです」
 その業務委託契約書を見ると、仕事内容は〈セクレタリー業務〉などとなっている。

「私と主人は業務委託契約は交わしていましたが、それはただの書類に過ぎず、私は1円ももらっていません。
一方、2人の生活費として主人は毎月、いくばくかの現金を私に渡していて、私がやりくりする中で余った分は、
100万円ずつまとめてリボンでくるみ、主人が私の金庫に入れておいてくれたのです。
それに加えてクリスマスや私の誕生日には、病気でどこにも連れて行ってあげられないから、と300万円を金庫に入れておいてくれたりもしました」
「私は主人が亡くなるまで自分の通帳も印鑑もキャッシュカードもすべて主人に預けていて、
金庫の暗証番号も“開けた時のお楽しみ”と教えてもらっていなかったんです。
私の金庫の方には私の名前のシールを貼ってくれて、その中に、銀行通帳や印鑑を入れておくからね、とも主人は話していました」

「主人が亡くなった2カ月後に初めて金庫を開けると、リボンでくるんだ札束が実際にありましたし、アクセサリーボックスには、主人が買っておいてくれたアクセサリーも入っていました。それから、彼の女性遍歴を記した、私が見たくもない日記もなぜか私の方の金庫に入れられていました」

「Y弁護士には他にも問題があった。主人のお嬢さんが遺留分を請求する前に、彼女に対して“1億円で手を打たないか”と持ちかけたのです。
それは、お嬢さんが持つ正当な権利を妨害する行為に他なりません」
「あの陳述書(編註:Y弁護士の陳述書)に書かれている私の発言は全部嘘です。なので私の弁護士がその審判の中で“そのようなことを言った覚えはありません”と反論し、
その上でY弁護士に対して“金庫から4000万円が消えていることについてはどうなのですか”と質問もしているのです。
主人が亡くなる直前、2つの金庫に合計2億8000万円があったことは確認されています。
しかし、その後、私が金庫の中を確認したところ、4000万円がなくなっていたのです。ただ、現状では誰が持ち出したのか全く分からない。
だから持ち出した人間を氏名不詳で、窃盗もしくは横領で刑事告訴することも視野に入れています」
画像を表示
→※この件について、後任の遺言執行者であるB弁護士は「4000万円の消失について確認できない」と記している
「また、主人の元マネージャーのK氏に対しては、金庫の金とは全く別の使途不明金の返還請求訴訟を起こすことを考えています。
K氏が取締役を務めていた、主人の個人事務所“PIS”に対しては、株主総会決議の取り消し訴訟をすでに起こしています」

≪主人がまだ生きているにもかかわらず、(略)出すのにいちいちA弁護士の許可を取らなくてはいけないのかと不安になりました。(略)
31日、金庫内を撮影したビデオや預かり証について主人に言うと、なんで預かり証やねんと怒り、最後の力でノートに「現金さくら」と書いてくれました。≫

≪1月17日になって、私はA弁護士に、改めて、なぜ自分の金庫を開けてはいけないのですかと問い合わせました。それまでA弁護士からは金庫を開けてはいけない、
もし開けて「金庫内のお金を使うと奥さんを相続人から外すこともできますよ」などと言われていたからです≫

≪私と主人との間では2年前に業務委託契約書を作成し、毎月一定額の支払いを受ける約束にもなっており、私が現金を受け取ることになっていましたので、
私の現金があっても不思議ではありません≫

相続を受けると献身的な愛じゃない、無償の愛じゃない、放棄しろと言われます。
でも、遺言が、主人の遺志がすべてと思っています。私は主人の遺志に従います。

  • WiLL 2015年2月号 「家鋪さくら感涙手記」より
 遺言書に関しても、私が書かせた偽造だ、後妻業だ、などと心ない中傷を受けました。これも事実は全く違います。
そもそも、相続を受ける人間は遺言書作成には立ち会えませんし、主人の場合、会話はできるもののベッドに横たわったままで腕や指に力が入らず、文字を書くのは厳しい状況でしたので口頭で遺言をし、証人がそれを書面化する「危急時遺言」という形を取りました。主人が亡くなる四日前の二〇一三年十二月三十日のことです。
 遺言執行者の弁護士のほかに、証人として二人の立会人が必要となり、別の弁護士が二人、立会人となって作成。筆跡は遺言執行者のY弁護士のものであり、私は相続を受ける立場にあるため、当然、その場にも立ち会っていません。私が遺言書を書かせることなど、どう考えても不可能なのです。

 主人の遺産総額は約八億六千万円あり、そのうち三億円を「うめきた」の緑化事業に供するため大阪市に、二億円を「たかじんメモリアル」設立などのため一般財団法人に、一億円を母校の桃山学院高等学校にそれぞれ遺贈(計六億円)し、残りを妻である私が相続する、ということが遺言書には記されています。その際、重要となるのが娘さんの遺留分の問題です。
 娘さんが「遺留分減殺請求」を出せば遺産総額の四分の一、つまり約二億円を受け取れる。遺言書を作成する場合、通常は遺留分を総額の半分くらいは残しておかなければならず、私も遺言執行者だったY弁護士に「そこは確保して下さい」と遺言書を作成する前日にきちんと伝え、「わかりました」との回答を得ていました。
ところが遺言書を見て驚いたことに、遺言執行者だったY弁護士は遺留分を全く考慮せずに遺言書を作成していたのです。そこには、娘さんの遺産分配については「子である娘(書面では実名)には、遺言者の財産を相続させない。また、遺留分の権利主張をしないことを望む」と書かれています。
つまり一円も娘にはやりたくない、という主人の意思が記されていました。
 この時のやり取りを録音・録画したテープを視聴すると、主人がはっきりと「法律である分配率は絶対守らなあかんの?俺、娘にやりたくないんでいいですか」と語り、きちんと弁護士の了解を得たうえで、遺産分配の金額と遺贈先を明確に告げている様子が伺えます。
 Y弁護士は、その他にも娘さんが遺留分を請求する前に、彼女に対して「一億円で手を打たないか」と持ちかけるなどいくつか問題を起こします。それは、娘さんが持つ正当な権利を妨害する行為に他なりません。こうした問題行動と娘さんの遺留分の権利を守らなければとの思いから、私は遺言執行者解任を大阪家裁に申し立て、結果的にY弁護士は自主的に辞任しました。
 裁判費用は全額私が負担したのですが、そうした事実には目もくれず、娘さんは「一億で手を打たないか」ということを私がY弁護士に言わせたと主張しているようなのです。
 繰り返しますが、娘さんの遺留分を侵害するようなことは一度も言ったことがないばかりか、私はあくまでも娘さんの遺留分を守ろうとしたのです。全くの事実無根なのですが、結局、娘さんは減殺請求訴訟を起こしました。
 寄付ができないのは、まるで私が遺産の全額を奪い取ったからだというようなデタラメがネットではまことしやかに流されていますが、娘さんとの裁判が決着して遺産配分が確定しないかぎりは寄付が行われない、というのが真相です。
 主人が善意で行ったことが、逆に三団体に迷惑をかけてしまっている。私としては主人の遺志を尊重して、早急に遺言書に書かれた三団体に遺贈をしてもらいたいと強く希望しています。
 このままでは、主人があまりにも気の毒です。
 ネットや週刊誌の報道などでは、すでに私が巨額の遺産を手にしたかのように言われていますが、それも全く事実と異なります。現在はまだ遺言執行者の判断が下っておらず、一部の不動産の名義を変更しただけで、ほとんどの遺産の相続はストップしたままなのです。
 相続と言えばエンディングノートが別にあり、そこには前妻にも相続させると書かれていたのに、私が盗んで隠しているとの憶測や嘘も含め、事実とは異なることを書き立てられましたが、ノートが手元になかったのは裁判所の証拠資料と提出していたからで、遺言書と同様のことがはっきりと記されています。
 あくまでも、私は粛々と遺言執行者と税務署の指示に従うだけで、そのあとはこれまでも主人が行ってきた孤児たちの支援活動などを続けていきたいと思っています。娘さんにも、もっとお父さんの遺志を尊重してもらいたいと思います。

長女からのメールについて

  • 週刊新潮 2014年12月18日号より引用
「お嬢さん(Hさん)からメールが来たとたん、主人は“自業自得や言いよんねん”と吐き捨てたのです。
ただ、主人は嫌なメールはかたっぱしから消す人だったので、今は残っていません
「主人のお嬢さんは、主人との関係は悪くなかったと主張するのかもしれませんが、2年間、一度も見舞いに来なかったのはなぜなのか。
もし、私が主人とお嬢さんとの関係を引き裂くよう画策していたと言うのであれば、主人のマネージャーか個人事務所の事務員、
テレビ局の方に問い合わせるなど、入院先の病院を割り出す方法はいくらでもあったはずです」

  • WiLL2015年2月号 感涙手記より引用
また、娘さんは先述した百田さんの『殉愛』に書かれた内容が名誉毀損にあたるとして、出版元の幻冬舎を訴えました。しかし、本はすべて事実に基づいて書かれています。
 訴状では、主人が食道ガンを患っていることを初めてメディアに報じられた日(二〇一二年二月一日)、「自業自得」というメールなどは送っておらず本の内容が虚偽だとしていますが、私はあの日、主人が娘さんからメールが来た途端、「自業自得や言いよんねん」と吐き捨て、携帯を放り投げ
たことを鮮明に覚えています。
 娘さんは「主人との関係は悪くなかった」と主張していますが、ではなぜ二年もの間、一度も見舞いにさえ来なかったのでしょうか。
 もし、その原因が私が主人の携帯電話を取り上げるなどして主人と娘さんとの関係を引き裂くように画策していたと言うのであれば(そんな事実はありませんが)、主人のマネージャーか個人事務所の社員、テレビ局の方に問い合わせるなど、入院先の病院を知る方法はいくらでもあったはずです。
「私が見舞いにいかなかっただけで、私と父の仲が悪かったことの証拠というのは短絡的な発想だ」とおっしゃいますが、ではなぜ、主人が遺言書に遺産を「娘にやりたくない」と記したのでしょう。単に見舞いに来なかったことだけが原因だったのでしょうか。
 唯一の実子なのに遺産がもらえないのはおかしい、私が妨害しているからだなどと他人に責任を転嫁するのではなく、主人がなぜ「あいつには絶対やらん」という思いを持ったのか。その理由を自らの心に問うべきだと思います。

    • 参考:「殉愛」より引用
(P.110)
三月二十日、さくらに父から電話があった。
父は会社の健康診断で初期の前立腺ガンが見つかったという。さくらはショックを受けた。
「お前は今、どこで何をしてるんや」
「たかじんさんの看病」
父は黙っていた。やしきたかじんが食道ガンで芸能活動を休養しているのはとっくに報道されている。
「お父さんの手術はいつ?」
「ゴールデンウィークあたりにしようと思ってる」
「決まったら教えて、お見舞いに行くから」
画像を表示

(P.131)
手術中に、妹から電話がかかってきた。
「お父さんが二十三日から入院するの」妹は言った。「それで二十五日に手術することに決まった」
まさかこんなときに父の手術の話を聞かされるとは思わなかった。
「お姉ちゃん、帰ってこれる?」
「ごめん、今は無理。たかじんさんが大変なときなの」
事情を説明すると、妹は「仕方がないね」と言った。十二月に赤ちゃんを産んだばかりの彼女に父の世話を押し付けて申し訳ないと思ったが、今、東京から離れることはできない。
さくらはすぐに父に電話して、手術には立ち会えないことを伝えた。父はかんかんになって怒った。
「夫でもない男にそこまでするか、ちょっと顔を見せに来るくらいできるやろう」
「今は彼から離れることができないの」
「親より大事というなら、好きにせい。もうお前なんか、娘と思わん
父は怒鳴るように言うと、電話を切った。これ以降、さくらは父から勘当状態にされた。
(P.258)
たかじんは急に真面目な顔をした。
「さくらのお父さんにまだ挨拶していない。お嬢さんをくださいってきちんとお願いしてからもらう」
さくらはその言葉を嬉しく思ったが、自分は父親に勘当されているに等しい状態だ。はたして父とたかじんが会う日が来るのだろうか。

Kマネへの非難

  • WiLL 2015年2月号より
 あるいは、娘さんと主人のマネージャーだったKに主人の個人事務所PISを不当に乗っ取られても、私が「PISを乗っ取った」「長年たかじんの世話をしてきたマネージャーを追い出した」などと書かれてしまう。事実はまったく逆で、遺言書には会社の株も私に相続させると書かれていたにもかかわらず、Kは株の書き換えをせずに不法に代表取締役になり(娘さんも同時に共同取締役)、会社を乗っ取ったのです。しかも、株主の開示要求も無視し続けています。
 Kが主人の闘病中に一千二百万円近い使途不明金を出したことが分かっても、そうしたことはメディアで書かれません。反対に、関西テレビ、読売テレビ、テレビ大阪の三局が主人の遺言どおり、遺族である私に番組の「冠料」を支払うことが分かると、「さくらが三局のスタッフと寝て冠料を取った」などという噂が業界内で立てられてしまう。
百田尚樹のtwitterに上記と同じ内容の記述がある

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki
たかじん氏の死後、元マネージャーのKと長女は、未亡人が不当に会社を乗っ取ろうとしたと週刊誌に語っているが、実際はKと長女が会社の共同取締役におさまり、各テレビ局に対して金を要求している。
その後、長女はKの使途不明金をチャラにしてやる条件で会社を追い出し、自分の夫を代表に据えた。
1:07 - 2014年12月17日

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki
遺言書には「株も妻に」と書かれているが、Kは株の書き換えもせず、更に都合の悪い人間を役員から解任し、不当に会社の代表になった。
たかじん氏は自分のマンションを会社名義にしていたが、会社を乗っ取ったKはマンションの所有権を主張。そういうことを調べて書いてくれるところはどこにもない。
1:13 - 2014年12月17日



【参考】
490 名前:可愛い奥様@ Mail:sage 投稿日:2017/02/18(土) 19:26:55.03 ID:pdBMykuV0
某まとめサイトのコメント欄より

******
株の書き換えもせずに不法に代表取締役に収まり、とさくら手記にあるが、
そもそも、株式の名義書き換えは相続終了後でないとできない。
また、相続の書き換え請求も、他の株主が反対すると出来ない。その場合会社が買い取ることになる。
株の名義変更とは別に、代表取締役死去の場合は取締役の中から別の代表取締役を決めなければならず、それは残る取締役による決議で行われる。株主は関係ない。マネージャーと娘さんは取締役であり、その2人が代表取締役になることは完全に適法。
株主の開示要求も無視、と記載があるが、そもそもさくらは株主ではないので株主名簿の開示請求権がない。
つかさあ、そんな事を誰も知らないとでもおもってるのかさくらと百田は。
2014年12月24日 23:12
*****
(※以下略)


婚姻歴について

  • 週刊新潮 2014年12月18日号より 抜粋引用
「現在、ネット上に書かれている“重婚”、“偽造”というのはいずれも刑法に触れる行為で、私は“犯罪者”と書かれているのと同じことになります。
ネットに匿名で書かれているものも含めて、すでに一部は警察に被害届を提出しており、同時に、名誉毀損で訴える準備も進めています」

画像を表示
 私の離婚歴や過去については「タレントでもないんやし、ぼくがギャグにするまでは一切言わんでええ。
ぼくがお父さんの了解を得てから喋るから、一切心配せんでええ!」と言ってくれました。
私たちの結婚報道が出た際は、ごくわずかな、彼が心から信頼する友人たちだけに伝えました。友人の方たちは皆、
「じんちゃんが選んだ人やんか」と理解を示してくれ、やしきもそれを聞いて「ほんまもんの弟子や友人はこうや!」と嬉しそうでした。

 その頃、やしきのお母様と親族が、私たちの結婚について取材を受けたという記事が出たので、病気や結婚について、
やしきのご家族に伝えなくていいのか聞きましたが、
「もう知っとるし、自分たちで週刊誌に喋っとる。ぼく、もう60超えとる大人やで。嫁さんくらい自分で決めれるわ」と言われました。
画像を表示
  • FLASH 2014年12月30日号より 抜粋引用
主人は私の婚姻歴を公表する必要はないと言っていました。復帰したときに、自分の口から言うまでは何も言うなと。
前夫とは仲は悪くなかったんですが、私がネイルサロンをやっていて、各国を飛び回っていましたから、ほぼ別居状態だったんです。
文化的な違いもあって別れることになったんです。

「世間がどう言おうが分かってくださる方々がいらっしゃる。私がマスコミ相手に言い争いをしても主人が悲しむだけだから……」
 そうした思いから、私はこれまであえて反論することなく沈黙を守ってきました。
 ところが、誹謗中傷は止むどころかますますエスカレートしていきました。この数年、主人に会ったこともなく、
実際の状況をまったく知らない人や、友人や弟子と称する人たちが私の過去を取り上げ、ネット上に私の結婚歴や
過去に私がブログで掲載していた写真が晒され、そのことで「重婚ではないか」との批判まで巻き起こりました。
 私が前の夫であるイタリア人と離婚する前に主人と入籍していたのではないか、との疑いの目が向けられたのです。
しかし、それは事実とは全く異なります。私がイタリア人男性と知り合ったのは二〇〇八年の春。滞在先で出会い、
遠距離恋愛でしたが、同年12月に日本で入籍、翌2009年の春にイタリアで夫婦生活をスタートさせました。
 ところが、イタリアで暮らし始めてまもなく、文化や考え方の違いからすれ違いが生じ、その年の夏頃には彼との結婚生活を続けていくのは難しいと感じ始めるようになり、翌2010年春には別居状態となっていたのです。
別に、ケンカをしていがみ合ってということではなく、私が向こうの環境に馴染めなかったのが原因です。
 ただ、そうした状況になっていることは私の家族にも話すことができず、家族を安心させるためにわざと和気藹々とした写真などをブログにアップしていたのです。
 しかし、さすがに二人ともこのまま現在の生活を続けていくのは難しいと判断し、翌二〇一一年五月から離婚に向けての
話し合いを始め、2012年3月1日に正式に離婚が成立しました。
 やしきと結婚したのは翌2013年の10月ですから、「重婚」との批判は全く根拠のないものです。
 それ以外にも私には離婚歴があるのではないか、との「疑惑」がネットで噂されていますが、その点は事実です。
たしかに、私にはイタリア人の夫と知り合う前にも離婚歴があります。
ですので、私は何も主人が言ってくれたように「天使」のような純粋で清廉な女性などでは決してありません。
自分自身でも女性としていろいろ思い悩んできました。

(中略)
「こうした婚姻歴は非常にセンシティブなプライベートな情報であり、一部の人しか知らず、また戸籍を見ないとわからないことです。なぜそうした情報がネットに流出したのか。
たいへんな恐怖を感じます。区役所に調べてもらったところ、主人が亡くなって以降、私の戸籍謄本が十五本も取られていることがわかりました。

以前、私はストーカー被害に遭ったことがあり、ストーカー規制法によって戸籍の閲覧交付制限をかけていたにもかかわらず、勝手に取られてしまったのです。
これは明らかにプライバシーの侵害です。
今後、大阪府に開示請求をして、誰が戸籍を取ったのかをきちんと明らかにしていきたいと思っています」

たかじんが遺したとされるメモについて

  • WiLL 2015年2月号より
 ネットなどでは、主人の残した数多くのメモが私の偽造ではないかという批判がまことしやかに書かれていますが、これもまったく事実無根のデタラメです。主人に近いスタッフの方たちは皆さん、やしきの字に間違いありませんと言ってくださいますし、実際に、あるサイトの求めに応じた日本筆跡鑑定協会指定の鑑定人の方から「メモはたかじん氏の真筆です」との鑑定結果も出ています。
 ところが、この結果に対してもネットでは、私たちの側がそう書くように鑑定士に強要した、というような書き込みが散見されました。そのため弁護士とも相談して、こちらから正式に別のところに筆跡鑑定を依頼したのです。結果、当然のことながら真筆であるとの回答をいただきました。
 正直申し上げて、なぜこんなことまでしなければならないのかとやり切れない心境です。


「殉愛」について

  • FRIDAY 2014年12月26日号より
 本を読んでいただければわかるように、百田さんは、生前のやしきや私ともおつき合いのない第三者であるからこそ、
膨大な時間をかけてこの「2年間」に関わった大勢の関係者の方々に何度もお会いして取材してくださいました。

「死人に口なし」ではなく、やしきが託した思いや内容を知る関係者の証言、また遺されたやしきの音声も聞いていただいています。
また、遺言書、戸籍謄本その他の法的書類などもご確認いただいています。
百田さん自身のお仕事まで調整いただき、札幌にも東京にも京都にも足を運んでいただき、やしきが辿った道をご自身でご確認されました。
取材不足だったとはとても思えません。本は一方的にある人物を陥れるためではなく、事実に基づいて書いておられます。

  • 『WiLL』2月号手記より
「百田さんの『殉愛』に書かれた内容が名誉毀損にあたるとして、(たかじんの娘が)出版元の幻冬舎を訴えました。
しかし、本はすべて事実に基づかれて書かれています」
「この十ヶ月は、娘さんの言い分を鵜呑みにした週刊誌の報道しかありませんでした」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。本のことは後悔してません」

その他

  • 『WiLL』2月号手記より
参考:たかじんの骨壺   
画像を表示
あの日、主人の遺骨を持って東京から大阪へ戻る途中、周りに主人の死を知られないように骨壺をコートで包んで隠し、初めて一人で乗る新幹線の車内で二時間半、私は泣き続けていました。
主人を失った寂しさと喪失感、さらに心ない誹謗中傷に打ちのめされ、主人のあとを追うことばかり考えていた時期もありました。
実際に主人が服用していた睡眠薬を飲むなどして、入院生活を送っていた時期もあります。
親しくさせていただいている方々からは、お会いするたびに「自殺したら絶対あかんで。死んだらあかん」と何度もおっしゃっていただき、勇気づけていただきました。

 生前、主人は「泥沼」などと週刊誌に書かれることを最も嫌っていました。ところが、そのことが現に起こってしまっている。本当に悲しくて悔しい気持ちでいっぱいです。
もうこれ以上、いわれなき誹謗中傷で、私だけでなく主人が大切にしてきた人たちが、そして何よりも「やしきたかじん」が傷つけられていることを黙って見ているわけにはいきません。
主人の遺志を受け継ぎ、行動していきたいと思います。

さくら氏の語る”たかじんさんの言葉”

日付 出典 内容
14.1.9   (ニッカンスポーツ)
「奥さんに聞いた、私への遺言は『誠はよう勉強してるけど、俺は努力せんでもそれより喋りは上手い!でも、謹慎後は(タレント、人として)伸びたよなぁ』でした。私の事務所の後輩・TKOには『年末の特番のコントの内容が怖すぎる!』とツッコんでたそうです。ハイヒール・リンゴさんには『リンゴは(司会業が)ホンマに上手くなったなぁ』と
14.1.11   (ニッカンスポーツ)
眞鍋かをり「奥様から伝言があって『しんどい思いをしたことは今後、絶対役に立つ』と言っておいてくれ、と言われたそうです」
14.3.3 偲ぶ会 (FLASH)
「シャイな主人なので、天国で照れくさそうにしているのではないでしょうか。主人は生前『人は死んだ後も、残った人の心の中にどれだけ生き続けられるかや。それが人間の生きた証しや。そやから忘れんといてね』とよく言っていました」
14.3.4 オール巨人ブログ 奥さんと少し話をさせて頂きまして…巨人さんから本を(師弟)贈って戴いたときに『巨人君はええ奴やねんなぁ~』…出会った頃を思い出したのか、呟くように『お金が無いときやったなぁ~』…と、懐かしそうに言っていたそうです
14.8.22   (デイリー)
病床にあったたかじんさんは「自分が元気やったらボートの着ぐるみでも着て(辛坊氏が出演する別番組の)スタジオに乱入して、気合い入れ直して委員会戻って来い!と言いたい」と、「‐委員会」復帰を願っていたという。
また、たかじんさんは「あの事故を経験して“生まれ変わった”辛坊君がまた委員会やったらどんな感じになるんかな。見てみたいな」とも話していたという。
14.8.30 八方・陣内・方正の黄金列伝! 夏の特別興行 (14.8.30)八光がたかじんのマンションでさくらと面会した事を語る
14.11.7 殉愛時発売コメント 「圧倒的におもろくて暴れん坊で、圧倒的にかっこよくう歌ぼくで、みんなの頭と心に生き続けたいねん」
14.12.12 FRIDAY (14.12.12)
「完璧な人間はおらん。おもろいやん!傷ついた過去や背負ってるもんはお互いさまや。その分、人の弱さも苦しみも理解し合えるんちゃう。結婚は誤解、離婚は理解してするもんや。勉強なったな」
「ファンっていうのは、良いときも悪いときも、失敗したときもファン、変わらず愛すべきや。それができんのやったらファン止めてくれ言うてんねん」
(彼女の離婚歴について)「タレントでもないんやし、ぼくがギャグにするまでは一切言わんでええ。ぼくがお父さんの了解を得てから喋るから、心配せんでええ!」
(家族が結婚のことを)「もう知っとるし、自分たちで週刊誌に喋っとる。ぼく、もう60超えてる大人やで。嫁さんくらい自分で決めれるわ」

  • 最終更新:2017-05-23 19:00:14

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード